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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

新田大明神の居城 八つ石城址

阿波西部の山間奥地を開墾した者は地方豪族や源平合戦、南北朝争乱、応仁の乱等の落武者などであったと推察されています。 八つ石城はそれら山岳武士が立て籠もった城でありました。頂上の周囲を三段にきった横掘と攻撃軍が横に連絡できないように造られた縦…

阿波三國説から出てきた様々な推測

以前に粟、長、麻植の起りを投稿をまとめた内容です。 もちろんソースの古文書は転載しましたが、とてもめんどくさいので訳してません。それでも良ければ読んでみて下さいね。(≧∇≦) 上古當国は大きく三國に分かれ有りしなるたし。即ち粟と云う縣、麻植と云…

白は城!阿波四家大身 大西氏とは!?

白地城(はくちじょう)は四国の中央部の山間地に立地し、西の境目峠を越えると伊予国・北の猪ノ鼻峠を越えると讃岐国、東の吉野川を下ると徳島平野を中心とする阿波国の中心部、南に吉野川をさかのぼると土佐国と、四国の十字路といえる位置にあった。南北…

井内谷から祖谷へ(もう一つの平家落人と安徳天皇伝説)

寿永四年二月二十一日讃岐八(屋)島の合戦にやぶれた門脇中納言の次男 平国盛公は安徳天皇を守護した奉いながら三好郡の井内谷から祖谷山へ入山した。 国盛公、讃岐八(屋)島より落ち、志度にやどる、義経志度を犯す、国盛兵を引具して讃岐白鳥に引き移る…

隠された羽津明神と飯裹大明神の秘密

三好町昼間の天椅立神社は歴史が古く昼間全体の氏神であります。阿波志によれば、もともとは羽津明神という名で呼ばれた延喜式内社と記録されております。 貞治三年(1368)、雲辺寺の鰐口の銘には「阿波国田井荘、羽津宮… 」とあり、南北朝時代には羽津宮と…

吉良忌部大神宮の元地へ

吉良忌部大神宮の元地である清頭岡磐座遺跡に行ってきました。とりあえず吉良忌部神社に関連する過去記事も確認しこれまで背景を把握しておいて頂ければと思います。 吉良 忌部大神宮(御所神社)は式内・忌部神社の論社とされ名乗りをあげました。その他の…

千波足尼が遺した伝承

阿波国の南北。さらには伊豫の国。断片的ですが大粟大明神の繋がりが見えてきました。今回は千波足尼(ちはのすくね)、即ち粟国造氏族の残した古文書の写しから進めていきます。たまには妄想じゃなく考証もしとかないとね。 大粟大明神古記(写)です。 一…

小杉榲邨は騙されたのか?(その弐)

前回からの続きです。その壱を見ていない人はこちらからどうぞ。 さて、粟凡直の末裔は忌部大社即ち忌部大神宮の所在地と、これまでの背景を細かく記録しておりました。 今の三好郡は美馬郡という。美馬郡・麻植郡は麻植一郡也。其の後、美馬郡を三好郡と改…

小杉榲邨は騙されたのか?(その壱)

知ってる人は偉業を知ってる。知らない人は全く知らない。(笑)まずは知らない人へ、小杉榲邨(こすぎすぎむら)という人物のご紹介。徳島藩の陪臣の子として生まれる。通稱は五郎、號は杉園(さんえん)。藩校で漢學経史を學び、古典の研究に専念し、本居…

雨乞いの宮(東みよし町足代 龍王神社、美濃田の渕)

今回は東みよし市の竜王神社。 この神社の雨乞いは必ず雨が降ったと伝えられております。 この地方には式内社「弥都波能売神社」が鎮座しておりました。しかし現在はその所在地が明確になっておりません。 <a href="http://awa-otoko.hatenablog.…

平家の宝刀 小烏丸(高根山 悲願寺、祖谷山)

神領村高根の観音は高根に在り、高根と云所は昔平氏の党逃篭りし所也、一里斗山上に人家十余軒あり、この山上に観音堂あり往古より有りしと也、蓋し平氏の徒これを建てるが霊験ありて参拝多し皆平家の苗胤と云、昔の兵器を家に持伝えたりしが近世一人の山伏…

滝の都 吉野宮(三野町 瀧寺)

日本書紀では大海人皇子の后 高天原広野比賣天皇(のちの持統天皇)が、たびたび吉野宮に訪れたことが記されています。吉野宮とは阿波での美野(よしの)。現在では、美野が三野と変わり三野町となっております。その三野(美野)町 加茂宮にある瀧寺が吉野…

犬を観る神社(宇多賀 賢見神社)

賢見神社は犬神憑きを落とす日本随一の神社として有名。阿波の限定された地域には、昔からの「犬神信仰」が根強く残されております。 【犬神について】犬神は、犬神持ちの家の納戸の箪笥、床の下、水甕(みずがめ)の中に飼われていると説明される。他の憑き…

阿波の神に祟られた天皇(崇神天皇)

所知初国之御真木天皇(はつくにしらすみまきのすめらみこと)。 崇神天皇です。 以前に書いた「大国魂神社」の記事とかぶるところもありますがご容赦下さい。(ボソっ。。。) <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2015/01/18/223725" data-…

「ゑいらのみこ」と「伊比良咩」

「三代實錄」貞觀十四年十一月ニ十九日の條、阿波國六位伊比良咩の神に從五位下を授く」とあるのはゑいら祖母(みこ)の宮(やしろ)なるべしといへり。 はい。過去に掲載した「伊比良咩」は「ゑいらみこ」らしいです。 阿波の秘境と云われる祖谷の開拓者、…

吉良の御所 天日鷲命御馬を逗めさせ給ふ御古跡なり

美馬郡西端山に吉良の御所と云ふ所あり、上世に天日鷲命御馬を逗めさせ給ふ御古跡なりと云伝ふ、此の所に鈴生の梅(子重紅也)実なしの藤あり、馬が岡とて大なる龍馬石馬蹄石あり、又麻釜と云所ニ所あり、さて御魂所とて山上に二ヶ所一丈四方計の平石を敷て…

日本一社 弥都波能売神社の元社はこの祠だ⁈

加茂村 加茂明神の背に神通峯と云あり、十八丁登り龍王の滝といふあり、飛流十間余り滝壺自ら池なして径七八間計、青碧の淵となり溢れ流る傍に龍王の祠あり、早魃の時雨乞に百姓百人簑笠を着し鉦、太鼓を鳴らし此の汀を踊りめぐる、感応あれば神霊奇瑞を現は…

源 為朝伝説は中白人神社から(白人神社、中白人神社、戸白人神社)

徳島県美馬市穴吹町宮内に鎮座する白人神社。御祭神は伊弉冉神、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、天照大神、豊秋津姫命、崇徳天皇、源 為朝侯。 ☝︎白人神社(宮内)御祭神の一柱である「源 為朝」について、白人神社には以下の伝承が伝わっています。源為朝 - W…

三頭大権現と猿田彦と天細女の石像(三頭神社)

三頭峠(三頭越) とは徳島県美馬市と香川県仲多度郡まんのう町の境にある峠。 ] 峠は金比羅参りに頻繁に利用されていたため、いつの頃からか金比羅宮の奥の院的な存在として参拝されるようになった「三頭大権現(三頭神社)」が鎮座しています。 三頭山は「…

古代の祭祀場 石堂ハン(石尾神社)

半平山平谷より杖立峠に登る山麓に石尾神社あり、土俗石堂ハンと稱す、社の兩側に一大岩の屏立するあり、東西四十間南北一町高さ十五間、此岩裂けて二ヶ處の洞穴あり、一を金鷄風穴と呼び穴の奥に金鷄を藏すと傳ふ、一は頰面風穴と稱し、いづれも土人により…

リンガー寺(林下寺 お花大権現)

西日本第一の性器神 「お花大権現」 三加茂町 中ノ庄 真言宗宝光山文殊院 「林下寺(りんかじ)」の本堂にご本尊「文殊菩薩」と共に祀られています。 それでは一般では伝わっていない「林下寺」の伝承を紹介しましょう。 この寺は昔、林閑寺( リンガー寺 )と…

古の超人を祀る神社 (脇町 山彦大明神)

徳島県美馬市脇町字西赤谷898に鎮座 この「山彦大明神」、阿波では一風変わった由緒と伝承を残しています。 表向きの祭神は金山毘古命(神話に出てくる鉱山の神)とされているがこれは仮の名で、実は伊勢伝左ヱ門という稲田力郎兵ヱの家臣を祭ってある。通称…