awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

神の坐す場所

板野郡 地名の由来とコノハナサクヤヒメの繋がり

板野郡と云うは葦田野(イタノ)郡なり。根元である神宅村に吾田鹿葦津姫(イ(ア)タカシツヒメ)の神が坐す郡を以ってして郡の号となりしなり。 はい。板野郡は吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)が居た土地だから葦田野(イタノ)から板野(イタノ)郡になっ…

忌部本社の鎮座地はここだ!!

え~、過去に忌部神社の本社地をめぐって忌部系統の神社が「我、由緒ある本社地である。」と各々が名乗りを挙げて揉めに揉めた騒動が起きていたのはご存知でしょうか。 (知らない方は下の引用で確認してください〜。↓↓↓ ) 『延喜式神名帳』に載せる「阿波…

阿波が粟であるために

名西郡なる大粟山 國号起こりし由の古傳にありて 今猶大粟一谷の諸人とく知るところなり 粟を蒔き専ら御食功徳坐て御名を大宜都比売神亦の御名を大阿波女神と美称奉り 其粟を蒔き給ひし地を大粟山 亦名 粟生山と云ひ 国号を粟国と云伝ふ也 阿波国内には阿波…

阿波女社宮主祖系を探る… 粟国造家と粟国造館の秘密

阿波女ハ太粟姫尊ノ御事若室神ハ太粟姫尊の御子ニテ畠多神迄ヲ高皇産霊尊九世孫 千波足尼迄ヲ神ト記サル也 大宜都比売命の末裔は大宜都比売命の御子 若室神(葦稲葉神)より八代目の畠多神までが神とし、粟國造之祖八倉比賣神社宮主とされ、以降九代目の佐…

大宜都比売命の父は天手力男命

前回の続きです。 冒頭からトンデモないテーマで開始してしまいました。。。 さて、前回は「天石門別八倉比賣神社」は「天石門別豊玉比賣神社」だった旨を文書を基に簡単に紹介した訳でありますが、今回はこの結果に至った経緯を書いてみたいと思います。 …

阿波路の神々(淡路島)

タイミング的にエビスネタがHOTなのでしょうが、ここは敢えて全然関係ないテーマで進めたいと思います。短いお正月休みの中、バタバタしながら淡路島に行ってまいりました。ご存知とは思いますが「淡路(あわじ)」は「阿波路(あわじ)」の事でございます。…

2016年明けましておめでとうございます。

(2016年 元旦 初日の出)元旦は天石門別八倉比賣神社へ初詣。次に一宮神社へ。最後に上一宮大粟神社にご参拝。各神社に行くまでの道はまるで貸切。こんなにスイスイとクルマが進めたら大麻比古神社の初詣なんて考えられなくなります。(笑)たぶん今ごろ大…

天帯の宮リニューアル(不動町 雨降神社)

今按阿府志に南新居村にあり俗に雨降ノ宮と云 此神社に村民雨を祈事あれば前池より小蛇出て木にのぼる果して雨降ると云とみえ式社略考に同社の事を雨垂宮とあり古事記に海神の事を吾掌水ともみえその御娘なれば雨乞に由あり然れば雨垂の宮必豊玉姫なるべしと…

宇奈爲神社の祭神は建田背命?(宇奈爲神社)

今按阿府志に木頭谷奈井瀬村にあり 俗に十二社権現と號す奈爲ノ瀬村は宇奈爲の上略なり 此邑里正の先祖を木頭忌部正重と云 此家に康正年中の文書あり 當家は永禄年中 三好大状記に宇奈瀬殿と記せり 元亀の田文と云ものにも同じとあるもの宇奈爲神社所在と證…

天日鷲の神殿跡 青樹社(あおきのもり)

久しぶりの山崎 忌部神社です。 真後ろからパシャリ。 さて、大宜都比売命関係が続いたので今回は忌部関係で。(笑) 今回は知ってる人は前から知っているであろう青樹社(あおきのもり)がテーマ。 awa-otoko.hatenablog.com 山崎 忌部神社を東に出て谷に沿…

摂社からみた大麻比古神社 真の祭神(鳴門市大麻町 大麻比古神社)

阿波一宮 大麻比古神社御由緒 御祭神 大麻比古大神 猿田彦大神 神武天皇の御代、天太玉命の御孫天富命勅命を奉じて洽く肥沃の地を求め阿波国に至りまして、麻楮の種を播殖し麻布木綿を製して殖産興業の基を開き、国利民福を進め 給ひその守護神として太祖天…

五柱寄りて寄明神(一宮町 寄神社)

与利大明神 前に申通成助居城の鎮守ニ而御座候一宮城本丸の東北方約五〇〇メートルのところに「御殿居(おどい)」と呼ばれる平時に城主の居城がありました。南側と西側に狭くなった堀跡が譬田(たといだ)用水と呼ばれる農業用水となって残っております。…

忌部の神塚(吉野川市鴨島町麻植塚 麻植の神塚)

麻植塚には面積約五坪、高さ三尺位の古墳のようなものがあって「麻植の神塚」と呼ばれている。塚の上には今倉某の石碑が数基あって、付近の地名を塚西、塚東と呼び、忌部の氏人 今鞍進士(いまくらのしんし)の祖を祀った所と伝えられ、付近に今倉姓があり、…

奥野々大権現は高越大権現と表裏一体(山川町 奥野々山 奥野々神社)

(船窪ツツジ公園から剣山を望む) (手前が高越寺) 奧野々山(おくののやま)は、徳島県吉野川市にある剣山系の山である。標高1,159m。麻植郡山川町に聳える山であり、高越山の南側約3Kmのところに位置する。高越山と奥野々山の間には船窪ツツジ公園があり…

阿波一宮城 明神丸は大宜都比売命の祠跡(一宮町 一宮神社)

今回は大宜都比売命繋がり続編ということで一宮神社です。 awa-otoko.hatenablog.com ところで「阿波志」を調べてましたら「弘法大師 山祇ノ神、宇賀女神、宇賀御霊神の三神を合わせて稲荷神として祭る」と書いてあります。 完全にスルーしてしまってました…

大宜都比売命、伊勢までの足取り

いやぁ〜、参りました。。。 私的なことですが今迄阿波の神社巡りをした時の記録、写真データが消滅してしまいました。。。(苦笑)みなさんバックアップは確実にしておきましょうね。 という訳で急遽考えていたテーマを変更して、手前味噌ですが今回のテー…

大宜都比売命の御馬石(神山町 神領)

古より神石として尊信せるのみならず、その古伝と能く符号せるを見れば、即ち大宜都比売命の来臨の霊地にして、阿波の国 開開闢の原地と考えられるべし。 神山町神領 上一宮大粟神社から南にある丹生というところに神代から伝わっている「御馬石」というもの…

鷲の大山権現 明朝の鐘(宍喰町 大山神社)

(鷲の紋章は鷲住王を表す)(宍喰町 大山神社)讃岐国造、阿波国脚咋別、凡二族之始祖也とある鷲住王は宍喰町の山深い場所、大山神社で現在も祀られております。(大山神社 社殿内)(大山神社境内 神馬)まず、鷲住王は履仲紀に「六年二月癸丑朔、喚鮒魚磯…

鶴亀石(剣山山頂 つるきいし)

久しぶりのブログ更新です。(笑) お盆休み前にはちょっと大ネタを探っていましたが物的証拠が得られないままとなってしまい、少しブログからは遠退いていた訳なんですが…(八割は抑えているので近日中にお披露目できるかも) そんなこんなで大ネタの方は急…

祭壇があった神社(神山町上分川又 黒松大明神)

践祚大嘗祭の原形は神代 天の元山に於いて阿波のみで行われていました。践祚大嘗祭の記録は平安時代 醍醐天皇の御宇延喜十三年(九一三)に編録された延喜式 巻七に記されたのが唯一の文献となっていますが、この時代より千年以上も遡った記紀の神代から続い…

剣山 例大祭(剣山 宝蔵石神社)

今年もやってきました。剣山 例大祭。 でも起きてみたら 雨… 雨… 雨… とりあえず見ノ越まで行ってみようと車を走らせ、今年はリフトで西島駅まで登ります。 西島駅から大劔神社、御神水(おしきみず)までてくてく登り、口を潤してから一気に頂上まで登りま…

雨乞いの宮(東みよし町足代 龍王神社、美濃田の渕)

今回は東みよし市の竜王神社。 この神社の雨乞いは必ず雨が降ったと伝えられております。 この地方には式内社「弥都波能売神社」が鎮座しておりました。しかし現在はその所在地が明確になっておりません。 <a href="http://awa-otoko.hatenab…

スサノオを祀る八坂の元社(以の山編 加茂名 溶造皇神社)

以前にも紹介したことのある「溶造皇(ようぞうのすめら)神社」。それは元々「いのやま」に祀られておりました。 <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/12/18/005813" data-mce-href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/1…

大岩さん見ぃつけたぁ。(川島町峯八 雀嶽)

ちょっと前に二回も探索して見つけられなかった雀嶽(大岩さん)の場所を絞り込めたので、三回目の正直を信じて行って参りました。 <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2015/06/07/022102" data-mce-href="http://awa-o…

妙見菩薩となった天津甕星(阿南市 立江寺奥の院 取星寺)

羽ノ浦村大字岩脇にあり立江寺奥の院稱す、延暦中弘法大師惡星欀除の爲虚空持の秘宝を修し、大地に落ちたる惡星を當山に修め(什寳として珍襲す)、五大虚空蔵菩薩と妙見菩薩の二尊像を彫り、一宇を建立せらる、これ取星寺の權興なり、至徳年中讃州虚空蔵院…

大岩さんは浮島八幡宮の元地(川島町峰八 雀嶽 )

(雀嶽と推定していた大岩:詳しくは後述) 川島町桑村と学の境の山中に、世界でも珍しい「紅廉片岩」という美しく赤い大岩がある。この岩は今は「雀嶽(すずめだけ)」と呼ばれているが、大昔は「鈴連嶽(すずろだけ)」と呼び、川島郷と忌部郷の境界の目印…

神と鬼と龍がいた村(神山町)

今回は名西郡神山町のいい場所をご紹介。神山町は阿波の国そのものである「大宜都比売命」が降臨していた場所。さらには卑弥呼(天照大御神)、アジシキタカヒコネ、事代主命の后で天日鷲命の妹、阿波咩の伝承が残されている神が居住した地であります。今回…

素戔嗚命の歯(初臼山不動院)

爾に須賀の地に到り坐して詔りたまはく、「吾此地に来て、我が御心すがすがし」とのりたまひて、その地に宮を作りて坐しき。故、その地をば今に須賀と云ふ。玆の大神初めて須賀の宮を作りたまひし時、その地より雲高く騰りき。 神山町の須賀山から峰続きの西…

誓約の皇子達(八万町 王子祠、丈六町 熊野神社)

徳島市八万町には建速須佐之男命は天照大神の宇気比・誓約から生まれた五人の皇子、そのうち四人の皇子の祠が存在していたことが「八万村史」には記されています。 まずは五人の皇子が生まれるまでの簡単な経緯から。 伊邪那岐命(イザナギ)が建速須佐之男…

美保の姫神(富田八幡神社、瑞巌寺、天神社)

風速の 美穂の浦みの 白つつじ 見れどもさぶし 亡き人思へば 風早の 三保の浦わを 漕ぐ舟の 舟人騒ぐ 波立つらしも 風速の三穂の浦廻(うらみ)、風早の美保の浦曲(うらわ)。美保の崎に祀られていた神は風の強い美保の崎を廻った場所に鎮座していました。 …