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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

宇狭の宮(神山町 宇佐八幡神社)

 
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前回は阿部仲麻呂をテーマにしたので、今回は和気清麻呂つながりで。(笑)
 

769年 称徳天皇の御宇に和気清麻呂が神教を授かるために参拝し、神告を受けた「宇狭の宮」とは神山町 宇佐八幡神社のことであります。

 
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詳しくはこちらから。和気清麻呂 - Wikipedia
 
「宇狭の宮」は名西郡神山町下分字西寺に鎮座しております。

祭神は現在、応神天皇主祭神として神功皇后仲哀天皇仁徳天皇大国主命事代主命、外五十余社の神霊を奉祀します。
 
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「宇狭」とは本来、地形上よりきた地名。
「雲早(くもそう)山」の山麓より流れ出て、神通滝の流れを合わせ、「宇狭(うさ)」を通って「鮎喰川」となります。
 
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「宇狭」とは川をはさんで「北宇井」「宇井」の地名が記されている所。両岸まで南北の峯尾がせまり川幅がおしせまっている場所の形容からきた地名だったのです。

話を進めます。

「宇狭」よりさらに奥に「雲早山」がありますが、「雲早山」を中心として祀られた「豊雲(とよくも)大神(女神)のお社がもともと「龍(辰)の宮」と呼ばれておりました。

「豊雲大神」とは「倭奈国」時代からの龍神、または水神とされる海人族の女神。
 
その「雲早山」の山麓から流れ出る「神通川」から流されて来た「龍の宮」が、宇井の亀石に引っかかって「宇佐の宮」となりました。

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(龍の宮が流れ着いた亀石は現在、御甕神社が鎮座します)

その後、「宇狭の宮」がさらに下流に流されて「天佐自能和気神社」になっています。(ややこしい)


雲早山で祀られていた「龍の宮」が現在の神山町の「宇狭の宮」。

そしてその流れをくむ「天佐自能和気神社」…

「宇狭の宮」に和気清麻呂神託を伺いに来たのは確かだそうです。

よって「宇狭の宮」の流れをくむ「天佐自能和気神社」の祭神の中に「和気清麻呂」が混じっていたとしたら… 

とても面白いですよね。現在調査中です。(単に和気の字が被っているだけかもしれませんがね… )

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