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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

不思議な亀(瓶)のつながり

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神山町下分の宇佐八幡の対岸には大石がある。現在は宇佐八幡に合祀されているが、かつて下分に大岩神社と呼ばれた社があった。この神社はもともと上分の奥屋敷で祭祀されていたが大水のために流出し、そのとき瓶に入れていた神器が漂着したのがこの石である。それからこの石はお瓶石と呼ばれ祭祀されるようになった。時が過ぎ、またもや大水のために御神体の入った瓶が流出した。今度は鳴門の撫養沖に漂流し、これを漁夫が拾って丁寧にお祀りして瓶浦神社となったという。

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驚くべきは神山の奥屋敷 大岩神社から神領の宇佐八幡 お瓶石。そこから鳴門の瓶浦神社へ移動しているとは…

瓶大明神の御神体は三つのお瓶。そのうちの一つ以上の瓶が、神山町で祭祀されていた御神体を入れた瓶の可能性があります。

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でも… 大事な御神体が大水で流されまくれば元宮の祭祀って継続できるのかちょっと疑問です。崇敬の元が無くなる訳ですから。(たぶん別の依り代を用意して魂ふりを行って御神体を作り継承してきたはず。です。)

流された以外に移動する理由として個人的には轟大明神のように決まった場所に行き来していたこともあったのではないかと考えてみました。

御瓶大明神も倭宿禰に所縁のある場所に行き来していて、その中継地点が鳴門の瓶浦神社だった考えればどうでしょう?鳴門亀浦港は淡路島経由の道の渡しとして利用されていたはずですから。(とある方から神山所縁の◯◯氏と倭宿禰氏族との繋がりを教えて頂きましたのでタイムリーに載せてみました。)

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さて、神山の宇佐八幡から派生したと伝える神社は様々な神に変化していきます。

・不動町の天佐自能和氣神社は高木の神こと高皇産霊。(刺肩別命も祭祀)

・入田町の笠木神社は豊雲の神。(推定) 

ちなみに今話題の粟飯原家 氏神である神社(妙見宮以外)も宇佐八幡に合祀されております。

その他にも勝浦町の朝立彦神社にある小嶽御瓶や、津田町 お瓶千軒の伝説で有名なお亀磯も関係があるかもしれませんね。やっぱり瓶は亀なんです。

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(こちらは亀(瓶)の名称繋がりだけの安易な発想です。)

 

このように神山の宇佐八幡神社は原初神の伝承、海部系、八幡神阿波国魂神をも含めた、「神の総合商社」と呼んでもおかしくない神社ですね。

 

あと、山の奥に鎮座する古い神社に限って海に関係した伝承やヒントが隠されていることが多いのには驚きです。

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古代でも作られた瓶は保存と収納に使用されるのはもちろんのこと、遠距離の移動に際しては瓶を舟にくくり付け水上での浮力の向上に使用されたり、舟上でのパーソナルスペース確保の理由から、舟外に出されて牽引して移動したことも考えられます。

この使用方法はある程度の水深が必要ですから海上のみ実施されたのだと思います。その様があたかも亀が泳いでいるように見えたので瓶は亀と呼ばれて伝承されているのではないでしょうか。

現代人の想像を遥かに凌ぐ古代人の行動力と移動範囲、知識はいつ調べても驚きが隠せません。 

興味がわいた方はぜひ宇佐八幡神社と御瓶岩を参拝してみてくださいね。