awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

笑子岩(えびすいわ)を間近で…

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神山町 神領の高根山には「笑子(えびす)岩」と呼ばれる神の石がある。その形はあたかも笑っている顔に見えるので、今では笑子石ではなく人面岩の名前で知られている。
神領村誌によると、上古、阿波(粟)国を支配した神がその子孫である国造(くにのみやつこ)や人民のために、「味鉏高彦根(あじすきたかひこね)神」の神像を造った。笑子石、人面岩はこの神像であるといわれている。とあります。
 
神領村誌では差し障りない程度の内容で取りあげられておりますが、「大粟比賣尊考証」では大宜都比売命の子孫である畠多神(千波足尼: ちはのすくね)の裔、十四代目の岩肩彦のが作製者としてに記載されております。
 
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(大粟比賣尊考証より)
 
岩肩彦(大宜都比売命 十四代孫)
神領村の人面嶽といふ処あり。 数十丈の大巖を人面のかたちにきざみたり。 目鼻口眉其あさやかに上作なるる見る内に語を問ふのと思ふどおりにて春のうららこのなる日にてみると笑ふめんにみえ、天上自然のわざと思へとも必神作又は上代の作なるべし。実に遠山にて知る人少なきを惜しむ。美しきものなり。都近き処にあるならず石の宝殿におとらず其の名高あるべし。是等の作者にて岩肩彦と名を伝えしにて記す。
 
「一宮大明神 神主 笠原之蔵書」、こちらは一宮大明神に保管されていた「阿波女神社 宮主祖系図」と同じ系図です。岩肩彦の名も記載されているのは実在した人物に違いないからでしょう。
 
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(一宮大明神 神主 笠原之蔵より阿波女社宮主祖系図)
 
味鉏高日子根命ハ阿波女神ノ御夫ニテ粟国造粟直凡等之父神也。名東・名西・板野・阿波・勝浦・那賀・海部等七郡本来ノ人種ハ皆、此神ノ氏子ナレハ何レノ人モ詣テ来リテ此神石ヲ拝スヘシ。
 
上記文末に「此神ノ氏子ナレバ、何レノ人モ詣テ来リテ此神石ヲ拝スベシ。」とあることから、遠方から参拝者がたくさん訪れたでしょう。
その参拝者の中には私と同じような「近くから拝したい」という変人は昔から存在したと考え、「味鉏高彦根(あじすきたかひこね)の神像」を間近に拝む場所と参道は必ずある!と、思いつきで現地に向かったのでした。
 
とりあえずおさらいで「味鉏高彦根神(あじすきたかひこね)の神像」を読んでおいてください。
 
 ■味鉏高彦根神の神像、岩肩彦について記載

 
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(粟国造本館跡から望む高根山の笑子岩)
 
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(モノクロ 拡大イラスト付き!) 
 
 
とりあえず、高根山に入ってみたものの…
 
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(高根山登山口から見た城山)

 

■長満寺(多田満仲の位牌が現存)

 

■出雲神社(大宜都比売命 八伴神を祭祀する神社のひとつ)

 
遠くから笑子岩を見れば場所と向きは判るが、山に入ってしまえばどの位置、どの高さにあるか全くもって判りません!!
とりあえず勘が示す方向に向かう山道(獣道とも)に入ります。登っちゃえ、登っちゃえ=3=3=3
 
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笑子岩は麓から繋がる尾根の真上に位置していたのを覚えていたので尾根伝いに登ります。
 
なんじゃこりゃあぁぁあ?!
 
大きな磐座群が森の中のいたるところにあるではございませんか。。。
 
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びっくりしました。
麓の岩門のデカさは確認していましたが、高根山の中にこれほどヤバいスケールの磐座がたくさんあることに驚きが隠せません。
 
特に驚きなのがこの磐座。
 
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写真では判りにくいですが、穴吹町 石尾神社の御神体 大磐座真っ青の磐座です。(推定 横幅30㍍×奥行15㍍くらい)
 
実はこの磐座の真上の岩盤に笑子岩こと「味鉏高彦根(あじすきたかひこね)神の神像」が存在しているはずなのでございます。
 
岩盤の真下に位置を取れば勿論見えません。
ななめから…
 
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木が邪魔して見えません…
 
畏れ多くも磐座を傍から登るも勾配がキツく、登れても降りることが困難そうなので今回は断念したしだいでございます…
 
と、いう訳で今回はおしまいなのです。
それではまた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
と、いう訳にはいかない性分なのでさらに確認できる場所を探しながら登ります。
 
あかん。やっぱり岩盤の上に出てしまった。
どうもベストビューポイントは木が茂っていることで存在しないようです。ちなみに岩盤上にちょっと興味をそそられた磐座を発見しましたので掲載しておきます。
 
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この磐座は間違いなく祠が祀られていたようです。
正面に狛犬の如く二基の小さな石柱が配置されています。こちらも10㍍ほどの大岩です。
 
あかん。(二回目)タイムリミット。
 
別のスケジュールを入れていました。ここで下山しなければ間に合わなくなります。泣w 時間ギリギリまで粘りましたが今回はご縁がなかったということで諦めました。(11時前に高根山に入り、約3時間半を彷徨っていたことになります。)
 
結論。昔から崇敬はあったようですが間近に拝する場所はなかったみたい。ただし磐座が無数に存在しているので古代遺跡の跡である可能性は高いと考えます。そもそも味鉏高彦根神が開いた山だから「味鉏高彦根(あじすきたかひこね)山」、略して「高根山(こうねやま)」なので古代遺跡の跡であっても何の問題もございません。
 
そしてココがホントの結論。
「笑子岩」と書いて「えびすいわ」。
「味鉏高彦根神(あじすきたかひこね)」 なのに何でエビスなんでしょうか?
 
その理由は、ここでの「味鉏高彦根神」は「積羽八重事代主神ことエビス」だからなのです。
 
後から高根在所のおじいさんに挨拶した時に話を伺いましたが、「笑子岩は間近に見るもんではないよ。見える場所から見るのがええんじゃ。」ということ。この一言に尽きると思いました。
 
たぶん懲りずにリベンジするな。これ。
でも期待なしでお願いいたします。
 
 
オマケといっては何ですが…
神領地区に掲示してあるちょっと目をひく看板は阿波古代史に興味がある方がよく行きたがる天禺岩、台岩の位置がイラストで掲載してあります。
 
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邪馬台国!が目をひきますね。笑)
 
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(悲願寺はアクセス簡単ですが天禺岩と台石はわからない方が多いみたい。)
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(台石の写真ね。)
 
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(個人的には城山の出雲神社や長満寺とかって行っとくべき場所だと思うんだけどな。。。)
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(出雲神社)
 
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(そのまんま長満寺w)
  

 

位置的には誤差が少ない参考になるイラストなので掲載しておきます。
今回の笑子岩を見に行くより、悲願寺経由で天禺岩と台岩に行く方がよっぽど道もしっかりして行きやすいですよ。(体験談)
途方では雨乞いの滝から片道1時間半コースでおすすめ。車でのアクセスは幸福神社の前の道から入れますが道がかなり険しくなります。気をつけてどうぞ。