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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

粟国造家を継承した一宮氏の偽りの歴史

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社を己の住処にうつし世々斎き奉る事となりぬ。其の社は今、名東郡一宮村一宮大明神なり。(太粟姫尊考証より)

 

久しぶりの大宜都比売命関連の投稿です。今回は粟国造家から一宮氏が神録を奪った裏伝承と大宜都比売命の神宝にまつわる秘密を挙げていきます。

今回はわたくしの妄想ではなくて上一宮大粟神社の氏子大粟氏に伝わる「太粟姫尊考証」から抜粋します。(原文は読み辛いので現代訳に変えて説明します。親切やろ。ふふふ。)

 

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(粟国造本館跡地奥にある墓)

諸伝説と阿波女神社宮祖系の趣にて国造は太粟姫尊の神裔に相違なく宗成の世迄世斎き奉り来しを小笠原氏に奪はれ神録を失ひ国造家の絶えるとあり、宮内大輔長宗宗成より神録付属の趣には記してあれども眞寶譲るべき筈なし。北条時代未足利の代の如く社寺本所領表向押領能わず、国造相続を名として實は武威に任して奪ひし事をしてとするべし。小笠原氏国造家相続して太粟姫尊に斎き奉し事武家古系圖に曰。

伝説と阿波女神社宮主祖系の伝承では国造家が小笠原氏に神録を奪われ国造家が滅んだとあるが、本当は粟国造家の神宝は小笠原氏に渡っていなかった。北条、足利時代にかけては小笠原氏が神宝を奪取することは叶わず、国造の相続を武威に任せて奪ったこととして記録したのである。

 

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上一宮大粟神社 古社跡地)

一宮氏祖小笠原宮内大輔は小笠原長清の従弟なり。上総八郎広常と縁あり、小笠原弾正少弼長利 千葉家懇意をなす。弾正男子弥太郎を養子とす。鎌倉三代将軍実朝卿より健保六寅年八月従四位下に任す。負應弐未年三月源頼経将軍執権北条泰時より四国の守護職に居置る。弾正神領へ隠居して修験者大通寺正覚院と縁を結、国造家相続する。太粟姫尊国造勤め玉ふ云々。

一宮氏は千葉氏を頼り、千葉広常の子である弥太郎を養子とした。源実朝より従四位下、後に鎌倉幕府執権北条泰時より四国守護職を賜わる。当時大通寺正覚院は上角大通寺良蔵院の一派であり、国造家の血に連なる上一宮大粟神社近辺の大家であった。一宮氏はその国造家の裔とも縁を結ぶことで国造家を相続することとしたようである。

 

 

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(一宮神社本殿) 

 

 

天正十年大宮司長門守成祐滅亡の後成祐の弟讃州水主住兵庫頭光考の光信大宮司を相続し信濃守に受領にて其子孫笠原氏にて代々国造家なりといひ、一宮大明神に仕へ奉るは何なる故と考えるに神領の云伝に昔、太粟姫尊の社遠山にて国司より奉幣便理悪しきにつき社を太粟山の口にうつす。今の一宮のやしろなりといふ旧説あり。是實説にて此時より神領村へ仕へ奉さいを渡し今の如く一宮村の社に仕へ奉しなるべし。

天正十年一宮成祐は長宗我部元親に謀殺され一宮氏は滅亡。しかし弟の讃州水主住兵庫光考が大宮司を相続する。その子孫が現在の宮司家である。
国司奉幣の際の利便性から大粟山より入口に社を移したとあるが、小笠原氏の利便性を優先して移動したのがのが本当のところであったようだ。

 

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大宜都比売命神像)

 

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(大粟大明神 本躰裏書写し)

国司と云伝へしも實は小笠原姓祭事の便理に任せし事なるべし。さもなくば神録を奪ひ奉し社をたとへ祭神は同じくとも他の社へ大宮司となりて仕へ奉る根據なし。是うつし奉りたる事明なり。今笠原氏に阿波女神社宮主祖系を傳へて国造家なりといふはこの由なり。いつ以うつし奉しといふ事詳しく知ざれとも神領村の神體裏書にある小笠原成久など古き神體を一宮村にうつし奉り其時新に像を造りて神領村へ納めし筈。この尚両社の神體新古を見極色きみなるは成久時代未考。

国造家と阿波女神社宮主祖系を伝承したと明言しているからには大粟姫尊の御神体を継承しているからこそ明言できることであり、上一宮大粟神社の御神体を一宮神社に移動して掌握していないと明言できないことである。移動した時期は不明であるが上一宮大粟神社の御神体裏書には小笠原成久とあり、本来の御神体を一宮神社へ、新しい御神体を造りそれを上一宮大粟神社に納めた可能性が考えられる。上一宮大粟神社、一宮神社の御神体の新古を見極めは現状も行われていない。

 

今回は古文書の書き下しだけで深くは突っ込みません。真偽は不明だから。でも新しい発見だと思いませんか?「神録を武威に任せて奪った。」この内容が偽りであるならばある意味面白いのですが。。。

また、「御神体」の争奪戦(穏便に交換した???)も本当であればミステリーです。こちらは現状無理な話でしょうが上一宮大粟神社と一宮神社の御神体を然るべきところで調査しないとわかりません。御神体の新古の判断がつかなければと大粟氏古文書の内容の真偽が判断できません。

今回は然るべき時に明確に答えがでることを期待しつつ終わりにしたいと思います。勿論、調査の延長線上に新たな発見、真相が見えてきたら改めてご紹介したいと思いますのでおたのしみに。