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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

高天原を考える(その1.天の岩戸)

阿波国風土記逸文 アマノモト山】
阿波国風土記ノゴトクハ、ソラヨリフリクダリタル山ノオホキナルハ、阿波国ニフリクダリタルヲ、アマノモト山ト云、ソノ山クダケテ、大和国ニフリツキタルヲ、アマノカグ山トイフトナン申。
伊予国風土記逸文 天山】
伊豫の国風土記に曰はく、伊予の郡。郡家(こほりのみやけ)より東北(うしとら)のかたに天山(あめやま)あり。天山と名づくる由は、倭に天加具山(あめのかぐやま)あり。天より天降(あも)りし時、二つに分れて、片端は倭の国に天降り、片端は此の土(くに)に天降りき。
因りて天山と謂ふ、本(ことのもと)なり。

はい。阿波、伊予二つの風土記逸文の内容です。これらは太古より四国山地に伝わる伝承。

しかし、「伊予国風土記逸文」の内容については「天山(あまやま)」を「本(ことのもと)なり。」と伝えていながら、倭の香具山を同格として比較していること。
また身近な山に当てていることから伝承の源泉地でないことが考えられます。

阿波国風土記逸文」は漢字が生まれてからさらに後の新字である「高天原」や「天照大神」などが使用されていないこと。
また「天ノモト山」を後世の解釈で特定の山と比定することなく、太古の伝承を堂々と伝えていることから、この逸文こそが記紀にある高天原を伝えたものでしょう。

さて、改めて「阿波国風土記逸文」をわかりやすく訳してみますと…

天地(あめつち)の初発(はじまり)の地(倭朝廷を築いた天皇家の始まりの地)は阿波国であり、天照大神、天つ神が治め始めた高天原は、太古に天(そら)から降りたと伝えられる阿波の山嶺である。

大和国の香具山は、本つ国の倭(阿波)から奈良大和に遷都したときに、新都の象徴として旧都である倭(阿波)の香具山と同じ名を付けたもの。


すなわち大和(奈良)は倭(阿波)より分かたれた国であり、阿波は大和の母国である。


ここでは高天原が阿波であるということを風土記逸文から示しました。

この高天原伝承については複数のテーマから攻めてみたいと思っています。

とりあえず今回はシリーズその1。「天の岩戸」です。
(因みにシリーズ続編はいつ書くかわかりませんので悪しからず… )


さて、「天ノモト山」(高天原)とは阿波剣山を中心とする嶺、またはその山系一帯を指します。その一帯の中に貞光川上流域の美馬郡一宇村法正に鎮座する「天磐戸神社」があります。徳島県美馬郡つるぎ町一宇法正 - Google マップ

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県道貞光剣山線の中野付近から約二時間余り登った標高八三〇㍍の急な山陵部に社殿が、さらに社殿奥の急勾配の山道を一五〇㍍登った山頂部には、天井に板状の巨石を被せた岩屋戸が築かれています。
その岩屋戸の正面には約七㍍の神楽岩が据えられ、まさに天照大神の岩戸隠れの神事が可能なシチュエーションであります。(※ 現在は貞光剣山線 第一ヘアピンカーブ近くから右折し、林道 天磐戸線に入れば自動車で簡単に行けます)

この「天磐戸神社」。
明治四十二年(一九〇九)に社宝である木彫七寸五分の天照大神像の国宝指定願を県に申請した事実があります。

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「天磐戸神社」では古事記神話の各所を裏付ける条件を備え、自然環境と聖域を保ちながら土地では天照大神を主神として祀ってきました。
本社より山頂まで約一五〇㍍。ここに神話の「天の岩戸」があり、その正面には約百人が立つことができる広さを有する「神楽岩」があります。

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そしてその下には天の岩戸伝承を伝える猿田彦命と天宇受女命の石像(江戸時代)があり、周囲のいたるところに小祠の跡があります。

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その他、天磐戸神社にはいろいろな口伝が残されており、例えば、天照大神は天の岩戸で隠遁生活をしていたと伝わり、「下(天の岩戸)に居ない時は上に居た」と言われて天の岩戸から尾根伝いに五〇〇㍍程上がったところに「こおりのせき」と呼ばれる広い洞窟があり、そこに居たといわれていました。(その洞窟から鍾乳石が薄く付着した胡桃の殻で作られた首飾りが発見されている)

しつこいようですが「天ノモト山」(高天原)とは阿波の最高峰剣山一帯。

剣山は高天原を象徴する霊峰であります。
そしてその剣山の麓にある「天磐戸神社」もそれを示す一つの根拠や証拠に繋がるのではないでしょうか。