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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

勝浦日向山の大日孁神

f:id:awa-otoko:20170201222230j:image(気延山 山頂 古墳跡) 

永正年間弥生月のある日、平家の一族である阿佐家の権三郎という人が長奥(那賀の奥)の親族宅へ向かうために祖谷から木屋平を通り、おばこ峠を越えて高鉾の西谷薬師谷を通過していた。日向山(日浦山)の太平に来た時には日が暮れて辺りは薄暗くなっていた。権三郎は特に急ぐ理由もなかったので山の一本松の根元に腰をかけて休んだ。

旅の疲れでいつの間にか眠り込んでしまった権三郎は不思議な夢をみた。夢の中に神が現れ、「私は神の大日孁(おおひるめ)である。阿波国名方郡神山に矢野という所がある。我はそこで待っている。汝がよく我を信じて、日向山の太平の地を開けば栄えること疑いなし。」と申され夢から覚めた。突然の神からのお告げに驚いた権三郎は、急いでおばこ峠を越え阿波国名方郡神山矢野の山の頂上へ向かった。頂上へいってみれば盛土や石で大きく造った大日孁神社の古墳があった。その中からよい石を探して持ち帰り、日向山の田崩の古森に御神体として安置した。これは永正年間から元禄五年九月まで祭祀されていたらしい。元禄五年九月に大荒れや山崩れで平間のワラビセ山南向きの中央に祀り変えをした。その後、明治二十二年頃に願成寺へ祀り変えをしたという。現在は縁結びの神として信仰されており何事でも節分にお願いをすればよく開運すると云われている。

はい。今回は阿波勝浦町の伝承を紹介してみました。話の内容から永正(えいしょう)年間(1504〜1520)にはすでに祖谷から那賀郡、名方郡のほか各郡へと通じる峠道が確立されていたということです。

f:id:awa-otoko:20170201222346j:image(気延山・日浦山を望む)
この伝承で面白いのは、名方郡神山の矢野に大日孁神の古墳が存在したことが語られていること。そして矢野神山の大日孁神を勝浦郡分祀したこと。これより天石門別八倉比賣神社と日浦山には交流は多少なりともあったはずですよね。

f:id:awa-otoko:20170201222958j:image

f:id:awa-otoko:20170201223009j:image勝浦町本八幡神社)


伝承の内容からawa-otokoが推測するに、勝浦町坂本の日浦山が舞台になっていると考えています。日浦山、一本松、大平の地名からです。そして当地には七社七鳥居 中風除けで有名な坂本八幡神社が鎮座していますが、この伝承より坂本八幡神社と天石門別八倉比賣神社の大日孁神には何か繋がりがあるのではないかとも考えています。
勝浦町ではエビス(事代主神)の伝承に隠れて大日孁神(大宜都比賣神)の足跡が残っています。(大宮神社もあるしね。)ちょっと調べてみる価値はあるかも。。。ですね。

あと勝浦町坂本の地名がすごく面白いのです。夷名田とか月ノ久保とか日開谷、黒岩、稲原とか。。。(誰か調査してみませんか???)

それより只今、別の面白い大ネタを見つけてしまってそちらの調査に重点を置いてしまってます。今回の投稿は軽めになってしまいました。

まぁ、二月の第一回目投稿としてはこんなもんでしょう。とりあえずは急がずにボチボチいきます。( ^ω^ )