神主 市磯長尾市の旧跡(讃岐 長尾寺)
「日本書紀」によれば、元々倭大国魂神は天照大神とともに大殿に祀られていたが、世の中が乱れ謀反を起こすなどするのは両神の勢いだと畏れられた。
そのため崇神天皇6年、倭大国魂神を皇女渟名城入姫を斎主として祀らせたが、淳名城入姫は髪が落ち体は痩せて祭祀を続けることができなくなった。
崇神天皇7年、倭迹迹日百襲媛命が夢で「市磯長尾市をもって、倭大国魂神を祭る主とせば、必ず天下太平ぎなむ」との神託を受けた。
また同年11月にも同じようなことが起こり、大倭直の祖・市磯長尾市(いちしのながおち)を祭主として、神地が定められ鎮座・創建された。
市磯長尾市(いちしのながおち)は生没年不詳。「日本書紀」に伝わる古代日本の人物です。
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はい。今回は「市磯長尾市(いちしのながをち)」。