awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

篠原郷と中郷が「葦原の中つ国」である理由

今日は眠たいので簡単にw

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勝浦郡史」によると「和名抄」にもみえる勝浦郡「篠原郷」は勝占神社が鎮座するはづかしが峯を含む渋野、前原、西須賀、大松、方上、大谷、本庄の七か村でありました。
 

この「篠原郷」、本来は「葦原(あしのはら)の「あ」が欠け「しのはら」になったとされている地名です。

 
また、勝浦川下流の小松島市には「中郷」なる地名が残っていますが、これも
 

「なかつくに」「なかのくに」が漢写されて「中郷(なかのごう)」になったと考えられています。

 
はい。もうお判りですね。
 

「篠原郷」と「中郷」を合わせて「あしはら」「なかつくに」= 「葦原の中つ国」に通じるんですね。

 
このほかに、「中田(ちゅうでん)」「田浦」「江田」「論田」「田野」「芝田」など田のつく地名が多いのは葦原中つ国を称えた「豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)」から生まれた地名なのでしょう。
 
なお、中郷中田には「豊国神社」が鎮座しておりますが、こちらは蜂須賀氏が慶長十九年(一六一四)に創建、徳川家の顔色を見ながら秀吉の木像を安置した由緒がありますがはたしてそうなんでしょうか。
 
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私は「豊葦原水穂国」、または「豊葦原中つ国」を略して「豊国(神社)」としているように思えてなりません。
「豊浦神社」などもありますが、これも同じ理由でしょうね。
 
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もの足らんでしょ。(笑)
年明けからずっとだらだら書いているのでたまには短い方がいいと思いまして。
それではこのへんで。