古の海の女神を祀る金磯弁天堂
桓武延暦の頃 僧空海恩山寺に於いて座禅瞑想修行の砌り東方海上の離島に龍燈を認めたり
即ち船を雇して 入亀のすがた美しき此の島に上陸す
梅の香も馥郁たる内に微妙の音楽につれ 迦陵頻伽瑞鳥相交わり 飛び交ふ中に容姿端麗にして威儀厳然たる一体の女神を拝したり 空海畏み その女神と一夜法話を交わし給ふ
漸く東天の白む頃 女神は「妾は太古よりこの海域を守護いたす弁才天なり」と宣ひ 白龍と化して海中に入り給ふ
因って空海慎みて此の処に弁才天を鎮祭す
この丘を蓬莱山といひ 古生代秩父古生僧珪岩頁岩よりなる
珪岩はこれより西約十三里霊峰剣山山頂の宝蔵石と同じにして剣山山脈の東端まさにここに至るを知る
海崖海蝕洞あり霊気みつる処々熱帯植物榕樹生じ天然記念物として保護せらる
現在の社殿は約四百年程前の建立にして四国霊場第十八番恩山寺の奥の院なり
またこの神は広く紀伊水道の海域を守護すると共に人々に福徳を授け給ふ生神なり(境内 金磯弁才天由来記より)
金磯弁財天堂でございます。
わたくし、「蜑の男狭磯」の痕跡を求めて「小松島市の赤石(あかいし)」の北、ここ「金磯」まで来てみた訳ですが、思いも寄らない収穫でびっくりしております。
まず冒頭に引用した由来記は興味深いこと!
現在は陸続きですが昔は「亀のような」孤島だった内容。
弁財天は日本神話に登場する宗像三女神の一柱である「市杵嶋姫命(いちきしまひめ)」と同一視されることが多く、また「瀬織津姫命(せおりつひめ)」も同じく。さらに場所的に海人のテリトリーですから綿津見の娘「豊玉姫」も視野に入れてもいいでしょう。
空海はこれらの神を目的としてこの地に赴いたと考えられます。
そして金磯弁天がある弁天山一帯は剣山への入り口と書かれています。
理由は秩父帯という岩盤(およそ1億年〜2億年前に海から隆起した岩石)でこの海岸から剣山まで続いているらしいです。(確かに剣山山頂の宝蔵石と同じような岩でできているっぽい )
そしてこれは有名ですが、源義経はこの場所から阿波上陸をしております。
さて、、、前説が長くなったので、さっさと写真で現地を紹介しますね。
手前は「室岩」。義経の頃は「兜岩」と呼ばれたらしいです。大潮の時には地つながりになります。
義経達は兜岩に船を寄せ、現地の弁天山に上陸して軍議を開いたそうです。
また、この不思議な色をした岩が「金磯」という地名の発端だと思います。
次に弁天堂の右手から弁天山に登ってみました。
すぐに到着する頂上。そこでめちゃめちゃ怪しい石像を発見。しかも神式で祀られています。
ちょっとこんな感じの石像を神社では確認したことがないので戸惑っておりました…
しかし、この雰囲気はちょっといただけません。(やばいね。心霊スポットの雰囲気w)
長居は無用と弁天堂の裏へ回りました。が…
堂の背後には神殿があり、そのまた背後には謎の石柱があるのです。(さらにやばい雰囲気… あまり弁天山散策はおすすめしません… )
しかも石柱に彫り込んだ文字の中に「蜑」の文字が… (怪しい、ひじょうに怪しい… いろんな意味で怪しい… )
さらに回ると立ち入り禁止の洞窟(防空壕 曰くつきの…)の裏にでますが、すぐに海なので引き返します。
でも遠く離れた日ノ峰が一望できる素晴らしい場所でした。
そして逃げるように弁天山を下りて、弁天堂をゆっくりと確認。
堂ではなくやっぱり神社ですね。
社殿の彫刻は海人族にちなんだ浦島太郎を彫り込んでいます。(いい仕事してます)
社殿もそうですが、いろいろ謎なものも多くて現地の人にいろいろ聞きたかったのですが私一人でしたのでそれも叶わずという結果でした。
もう天然記念物に指定されている亜熱帯植物のアコウとか狸の祠とか、謎の石像群とか全然目にも留まらない状態でしたから、もう少し下調べし直し改めて現地に行ってみたいと思います。
恩山寺の鬼門封じの金磯弁天。