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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

三社だった大麻比古神社

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阿波名勝案内大麻比古神社の項には本来三社によって祭祀していたと記載されています。記述によればその他にも境内社摂社も現状とは差異が見受けられることがわかり、これはある時期に何らかの手が加えられたことが推測できます。往古の記録と現状との差異を調べることによって大麻比古神社の創始・祭神の謎を解明できるヒントが隠されているかもしれません。それではさっそく引用文を確認してみましょう。

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板東町大麻山麓にあり國弊中社たり、四国第一番の靈場なる靈山寺の門前を左折し行く事少許、松林を交へて隧道を作る者七八町、松林の盡る處祓橋あり、之れを渡り左右に數株の老樟を仰きつつ石磴を登れば、正面に檜皮葺の本殿幣殿あり、之に向つて右側に社務所あり、左側に神庫神饌所休憩處あり、境内清楚細薼をとどめず神威厳然として犯すべからざるものあるを覺ゆ境内末社には牛宮神西宮神社豊受神社山神社水神社丸山神社、仝攝社には野神社天神社、境外攝社には岸神社仝末社には長井神社長木神社宇志宮神社等あり。
阿波志に「延喜式名神大祀月次新嘗並祭國司祈年祈雨皆興焉在板東山上三代実録貞観元年正月廿七日授従五位上九年四月二十三日授正五位上元慶二年四月十四日授従四位下七年十一月朔授従四位上」とあり、其後屢次昇位して享保四年三月十四日正一位を授けらる、維新となり一旦縣社となり、明治六年更に國幣中社に列せられ宮司以下の職を置かる、社後に聳ゆる大麻山は松杉蓊鬱として獨り雄を恣にし、山上弥山神社山ノ神社を祀る。阿波志に「孤峯高峻深樹蓊鬱有大麻彦祠因名城北之山是爲第一又有麻漬渓及丹井旱乾不涸又有小山蔭苧解谷剃刀峯鞠山不可枚擧北有後谷䕾穴豁然又有龍王祠村民乞雨」とあり大麻比古神社は山上に有りし者の如くなるも、享保十四年四月の取調によれば、板野郡板東村大麻神社は往古岺権現てふ三社あり、谷に大麻大明神あり、即ち岺の権現は猿田彦及び鹿江比賣命を祭り所謂大麻彦神の后神と稱し、或は天日鷲津咋見命を齋祀するもの即ち今の弥山神社なりとも云ふ、谷の大麻大明神は今の本社大麻比古神社なりとあり、此地徳島市を距る三里十六丁、撫養町距る三里、板東町は撫養街道に於ける一小驛にして、商店宿舎軒を連ね市街の觀を爲す、此地又本郡の公会堂を置かる。

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境内社の牛宮ですが、これは現在祭神不明である中宮神社のことをでしょうか?境外摂社に岸神社、末社には長井神社・長木神社と宇志宮神社とあります。

岸神社の詳細はわかりかねますが、霊山寺南側に宇志比古・宇志比賣神社、長井・長床神社が今も存在します。宇志比古・比賣神社は粟国造粟凡直氏族を祀る社であり、長井神社(明神)は鹿江比賣命であるという情報もございます。

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その他にも社殿背後に控える大麻山には麻漬渓、枯れることがない丹井、小山の蔭には苧解谷、剃刀峯、龍王祠が存在したことが記されています。こちらは大麻山、麻漬渓、苧解谷(苧:麻繊維の意)から忌部氏の名残りあるものと推測できます。剃刀とは天日鷲神が当地より神去りしたことを伝えるものであり、龍王祠は現在の真名井の水に存在する祠ではないでしょうか。(この伝承はのちに付加されたものであると考えています。)

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さて、それでは本題。
大麻大明神は三社によって構成され、峯の権現とも呼ばれた大麻大明神は猿田彦大神と鹿江比賣命を祀る二柱を合わせた神だそうです。

鹿江比賣命は麓に野神社として祭祀されており、また境外摂社である長井・長床神社でも祭祀されていたといいます。里宮で祭祀された大麻大明神とは鹿江比賣命であったと考えます。

その他、引用文にも鹿江比賣命は大麻彦神の后神とされていることから大麻比古神=猿田彦大神で考えると鹿江比賣命は天鈿女命に比定することができ、天円山の伝承とも繋げることもできます。

 

そして猿田彦神

猿田彦神は里宮と対である山宮で祭祀されていたと考えます。

大麻山山頂に鎮座する現在の弥山神社で祭祀されたいたと伝わるのが天日鷲津咋見命と猿田彦神。天日鷲津咋見命とは、天日鷲の部分が役職名、津咋見命は天日鷲命の御子である大麻彦神と同神として比定が可能です。そしてここでも猿田彦神の名で記述されていることから、同一神を別名で記述していたことで各々別の神として誤認識されるに至ったと考えています。

 

そして田宮。

山宮と里宮に分かれて祭祀された神々は、のちに命の源である穀物を育てる田にも祭祀されるようになります。これが田宮(宇志比古・宇志比賣神社や長井神社・長床神社)と認識するものであります。基本的には山宮・里宮で祭祀されていた祭神が田園で小祠として祭祀されているものが多いです。

 

山宮・里宮・田宮の三社による神宮形態。

このように山宮で猿田彦大神大麻比古神)、里宮で天鈿女神(鹿江比賣命)、二神をそれぞれ祭祀したものが田宮とされ、これらを全部ひっくるめたのが大麻大明神と記録されているのではないでしょうか。

さらに遠い昔、佐那河内村・入田村から粟国造粟凡直氏族により猿田彦命天手力男命、天鈿女命が天石門別八倉比賣神社に移遷されています。(松熊神社、本殿裏の猿田彦祠)これらが後に板野郡に移遷されたものが葦稲葉神社も含まれる大山積大神宮(大山寺)であり、それになぞらえた山宮・里宮・田宮で形成された猿田彦神と鹿江比賣神の祭祀場が大麻大麻大明神(猿田彦命・天鈿女命)であると考えたのが今回の結論。

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往古では大麻比古神社は山宮・里宮・田宮で形成された三社形式の神宮として認識されていたということです。

これは佐那河内村に記録が残されたままで所在が不明になっている「猿田彦大神宮」が当地、大麻比古神社に継承されていたのではなかろうかと推測しているのであります。

 

という訳で今回の内容はともかくとして、前回投稿からモノクロ写真が続いていたので大ヒット映画「君の名は。」風の写真に加工して添付してみました。(awa-otokoは未だ観てませんが。。。)

ちょっと雰囲気が明るくなったでしょ。それでは。(^^)