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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

吉田喜七郎の杉尾非八倉比賣神社弁!!ここに。

名西郡 日本一社 明神、大明神、権現、大権現 神の坐す場所 阿波の神社巡り 大宜都比売命 古文書

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明治初期には廃藩置県、廃物毀釈という変革期の中において地域で重要な位置を占めていた上一宮大粟神社を三代実録に神階授与の記事がある埴生女屋神社に比定する説に基づき、明治三年に埴生女屋神社と改称されるに至った。
この社名変更に反対した人物のひとりが吉田喜七郎である。

f:id:awa-otoko:20161008224942j:image(矢野 杉尾明神:現 天石門別八倉比賣神社)
阿波国で最高の社格を持つ天石門別八倉比賣神社が現在の矢野 杉尾明神であるとした国の判断に反対を唱え「杉尾非八倉比賣神社弁」を著して国に対して「天石門別八倉比賣神社」は「矢野杉尾明神」ではあり得ず、上一宮大粟神社であるという主張により反対運動を展開した。

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f:id:awa-otoko:20161008225202j:image(埴生女屋神社:現 上一宮大粟神社

はい。フェイスブックの方ではチラッと流した「杉尾明神非八倉比賣神社弁」でございます。
こちらの内容は今まで投稿していた粟飯原氏をテーマにした内容と同じく、大宜都比売命が阿波(粟)国の祖神であったこと、粟国造粟凡直氏族の祖神であったことなどが記されております。(今回は書き下すのはかなり面倒なので細かく訳しません。一応は訳しますがかなりはしょりが激しいので注意。)

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(社名改正で矢野杉尾明神が八倉比賣神社になったけどこれはどういうこと!?八倉比賣神社を冠すれのは大粟姫:阿波姫を祀るのは当社じゃないの???怒怒怒!?)

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(大粟姫:阿波姫は天津羽羽神・栲幡千々姫と同神。そして積羽事代主命の后にして天石門別神の娘のことな。だから天石門別八倉比賣の号は当社にあてはまるのではないんかぃ!!!

怒怒怒!?)

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天石門別神天手力男神。一緒に岩門を解放した稚日女(わかひるめ)神も栲幡千々姫。従って大粟姫:阿波姫な。勘違いしてるから説明しておくけど栲幡千々姫は天忍穂出耳命の后じゃねーからな!怒怒怒w)

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(天忍穂出耳命の后は栲幡千々姫の娘である玉依姫。旦那の積羽八重事代主命は別名味鉏高彦根神!!それと天石門別稚姫とは天石門別八倉比賣命と天石門別豊玉比賣命のこと!!!怒怒怒!!!)

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(積羽八重事代主命と天石門別八倉姫には五柱の御子がおる。まずは葦稲葉神。これ物忌奈乃神のことな!そしてもう一柱は玉依姫な!物忌奈神は板野郡に居るから!!!怒怒怒!!!(後の三柱については回答なし。))

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(要するに名西・名東・板野の地は粟国造粟凡直達以下全て総氏子なわけ。そして一宮大明神もこっちからの分祀な訳で、杉尾明神も天石門別豊玉比賣神社で分祀。天石門別八倉比賣神社と同じ神を祀っていたから間違えたままになっているんじゃー。怒怒怒怒怒!!)

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(そもそも杉尾明神の祭神、大日孁神(おおひるめ)も大阿波女神:大粟姫(おおあわめ)のから変化したもの。分祀の杉尾明神が八倉比賣神社の社号で、本社のこっちが埴生女屋神社という社号は納得いかん。百人に聞いても百人がそう言うわ!!!!誤りを後世に残すことがないように社号改正を考え直すべし!!!!怒怒怒怒怒!!!!!)

 

はい。埴生女屋神社に改正させられた上一宮大粟神社は、田口大明神の名称の後は明確な呼び名が無かったのでしょうか。大宜都比売命の神裔である粟国造粟凡直の一族も源氏と平家、南朝北朝の騒乱から系譜の記録に混乱をきたし、分祀による祭神大宜都比売命の変名で出所である大粟山郷にしか正規の伝承が存在していなかった結果によるものと思われます。

f:id:awa-otoko:20161009005355j:image(埴生女屋神社社殿跡地)

結局この内容も国が承認して改正し直しを行うはずもなく、現在も天石門別八倉比賣神社の比定社は、杉尾明神(現、天石門別八倉比賣神社)、一宮大明神(現、一宮神社)、田口大明神(現、上一宮大粟神社)とされたままになっています。形式上は杉尾明神が天石門別八倉比賣神社ですね。吉田喜七郎の呼びかけも虚しく、正規の社号に戻ってない訳です。

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f:id:awa-otoko:20161009005519j:image(大粟山山頂 天辺ヶ丸:大宜都比売命が降臨、粟を植え給うた場所)

f:id:awa-otoko:20161009012147j:image(若室神以下の系図)

粟国魂 大宜都比売命の御子である若室神(葦稲葉神)を含め以下、天磐門主神、健豊神、健忍方神、多久理比古神、八倉主神、宇賀主神、畠多神の系譜より八倉比賣神社宮主を継承している記録をみれば、、、やはり大粟山に鎮座している上一宮大粟神社こそが天石門別八倉比賣神社なのが正当なのかもしれません。

吉田喜七郎の「何モ両社由緒アリ祀ラセシニハ非ス開主ノ宮跡ヲ今ニ明カナルヲ以テ口代サラスヘニ、誤リ傳ヘシテ… 」の記録を、二百年の時を越えここに表したいと思います。