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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

安房千葉氏と阿波粟飯原氏にまつわる天女伝説

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昔、千葉(せんよう)の蓮の花の咲き誇る池田の池という美しい池があり、いつのころからか夜になるとそこに天女が舞い降りていた。松の枝に羽衣をかけ、蓮の花に見に来ていたのである。このことを時の城主であった平常将(たいらのつねまさ)が知るところとなり、彼はその天女を妻にしたいと思い、松の枝にかけられた羽衣を隠すよう家臣に命じた。
羽衣を隠された天女は天に帰ることができず、常将の妻となり、やがて立派な男の子を生んだ。この話は天皇に伝わり天皇はいたく感激した。さっそく常将を呼び出し、「これからは千葉の蓮にちなんで千葉(ちば)と名乗れ」と命じた。(千葉の天女伝説)

 

すいません。阿波こだわったawa-otokoが千葉の地名由来伝承を紹介してしまいましたw

まぁ、阿波も安房も"Awa(粟)"ということでご愛嬌www いやいや、、、とても関係が深いんです。


上の引用は千葉の地名、千葉氏の起こりが伝説として伝わったものです。過去に投稿した粟飯原氏関係のテーマの内容を確認してみてください。通説に沿えば名西郡神山町栗生野に居を置く粟飯原氏は千葉氏の末裔とされております。

f:id:awa-otoko:20160813203740j:image(粟生野 妙見宮参道)


しかし、ぐーたら気延日記(重箱の隅)のぐーたら氏や私、awa-otokoが掘り下げた古書からは、粟飯原氏は千葉平家の血統ではなく、千波足尼(ちはのすくね)の末葉であり、阿波国造家として大宜都比売命の神威をもとに古来より粟の国を収束していた氏族であったと記録されたものを基に紹介しております。

という訳で、何が言いたいかというと「阿波の粟飯原氏と安房の千葉氏には深い血の繋がりがある」のではないか、ということなのです。

 

天女は、天部に住むとされる女性のことで、天帝などに仕えているとされる女官の総称である。人間界においては容姿端麗であることを除けば人と大きく変わるところはなく、羽衣と呼ばれる衣服で空を飛ぶとされるが、この羽衣を奪われたばかりに空に帰れなくなり、地上の男性と婚姻する話(羽衣伝説)などが伝えられている。(Wikipediaより)

ここからは私の推測に入ります。

そもそも天女とは一般的に天上人(神)のこととされておりますが、考えるところ、神として祀られた人物の血族(末裔にあたる氏族)の女性を主として、それに仕える女官も含まれたのではないかと考えます。

全国津々浦々において現在まで伝承されている「天女伝説」でありますが、この例に違わず阿波国の起こりである神山町神領にも「天女伝説」は伝承されています。

f:id:awa-otoko:20160813201411j:image(弁財天女祠:塩水大明神)

昔、天女がこの地に現れて、「この地の守り神として祀れ。そうすれば人の家運長久と子孫繁栄を守ってやる。」と言い、天女は岩下から霊水を湧き出させた。この霊水は温湯として入浴すれば世の難症者を救うのに役立つと教えたのちに姿を消した。郷人達は、早速天女が発現させた霊水の岩上に石囲いの祠を造り、「塩水大明神」として祭祀した。この頃より当地は塩水と呼び、後に弁財天女神と改称し、今もなお塩井、塩本、大塩等の塩に因む姓の氏子が祭祀している。

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はい。こちら現在の神山温泉のことでございます。

「天女」こと「塩水大明神」の宣託から得られた温泉だったのですね。

また、上に記した「塩水大明神」と「大宜都比売命」が同じ女性の神であることから習合されたのか、上一宮大粟神社(祭神:大宜都比売命)と上角谷 八幡神社には、男神大宜都比売命のもとに通い、一夜を共にする夜這い祭りとも呼べる例祭が存在しているのでございます。

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f:id:awa-otoko:20160813201716j:image(上角八幡神社

 

10月10日の秋の大祭(旧暦8月8日)には、上一宮大粟神社 大宜都比売命のもとに一晩だけ上角谷 八幡神社男神が泊まり、翌日に大宜都比売命男神八幡神社まで送り届ける神事が続けられている。

こちらは大宜都比売命(天女)と男神を別ち、年に一度の再会を許されることから七夕祭りの起こりではないかとも言われております。これに関連してからなのか、神山町では毎年七夕祭りを盛大に開催しております。 

そして、今回の最たるテーマである阿波の粟飯原氏と安房の千葉氏の交わりの部分ですが、千葉氏は古くから妙見信仰を深く信仰しており、同じく粟飯原氏は太祖である大宜都比売命をはじめ、祖先を妙見神社氏神として祭祀している。のでございます。

 

「千葉氏が妻にした天女は妙見様であった。」ということから、神山 栗生野住人 粟飯原氏(妙見様とされる大宜都比売命の末裔:千波足尼一族)の女性が安房に渡り、平姓を継承せずに「千波(ちは)」から「千葉(ちば)」になったのではないかという推測です。

 

あくまで私の推測の域なのですが、「千波(ちは)」から「千葉(ちば)」になったのであれば通説に何の手を加えることもありませんし、粟飯原氏にとっては両方とも名誉なことであると思います。

と、いう訳で粟の国魂 大宜都比売命。天女になって他国へ渡ったと考えられます。天女伝説は全国的に伝承されていますので、それを絡めて考えればとても面白い内容を発見できるのではないでしょうか。


オマケ。
今回と同じような状況下から丹後の天女伝説も発祥している可能性も否めません。なぜなら息長田別皇子が大宜都比売命の祭祀を国府(天石門別八倉比賣神社)に移し、皇子の末裔である海部氏が南に移動した場所が海部。海部には、、、、、

勘のいい方はお気付きでしょうが、今回のテーマはあくまで千葉氏と粟飯原氏でございます。こちらについてはまたの機会にご紹介したいと思います。