awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

スサノオを祀る八坂の元社(以の山編 加茂名 溶造皇神社)

 
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以前にも紹介したことのある「溶造皇(ようぞうのすめら)神社」。それは元々「いのやま」に祀られておりました。

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「いのやま」とは真っ先に出現した山の意味で、これは徳島市内を東西に細長く山裾を広げた「眉山」のこと。
 
古代では小島であった「眉山」は後年に聖なる山とされ、一切の民を住まわすことを禁じられていました。
山頂につづく登り口には必ず神社寺院を整え、その境内から登るように登山道がつくられて入山者のチェックが行われていたようです。
 
眉山は「ふる川」「いの川」「鮎喰川」「園瀬川」「勝占川」が海にそそぐ河口の中心に位置し、山頂からは「天の元山」、「淡路島」、「阿讃山脈」、はるか紀州まで見渡すことができる展望の良い山。
 
この眉山の山頂一本松の下に「溶造皇神社」は鎮座していました。知る人の話では戦後からは参拝者が途絶え、加茂名の蔵本八坂神社に下ろしたのですが、いつのまにか元の鎮座地に還されたようです。

ここだけの話、、、蔵本八坂神社の○○さんに直接お伺いしたんです。(以下、会話形式でお楽しみください)
 
私 :「昔、この八坂さんに溶造皇神社を祀っていたんてすよね?」
神社 :「そう。昔はあったよ。でも元の場所に還したよ。」
 
私 :「還した場所ってどこになりますか? お参りに行きたいんですが。」
神社 :「場所は分からないんよー… 。」
 
私 :「え!(なんで? 笑)」
神社 :「もう参道がわからなくなってる…。」
 
私 :「そもそもなぜ還したんですか?」
神社 :「……。」
 
私 :「もうちょっとヒントが欲しいっすねー。(揉み手)」
神社 :「んーーっ… 。(一呼吸ついて)、祠の場所は茂助ヶ原って聞いたよ。」
 
私 :「茂助ヶ原って眉山山頂ですよね。なぜか山頂には剣山の神社がありますけどねぇ。そんでここの八坂さんからはちょっと遠いっすねー。」
神社 :「今はビルが建って見えないけど、昔はここから見えたんやけどなぁ。(ビルに隠れた場所を指さしして)」
 
私 :「んー、場所的には産八幡の上辺りですか?」
神社 :「いやいゃ、まだまだ上↑、上↑」
 
私 :「そうですか。ありがとうございます。探してみます。」
神社 :「あぃあぃ。頑張ってねー…。」
 
会話形式終了ー☆
こんなやり取りで「溶造皇神社」の正確な位置がほとんど確定できない会話でしたが、その中でちょっとだけピン☆ときたポイントがありました。
 
それは…
 

•蔵本八坂さんから見えた場所にあった
•茂助ヶ原にある
•産八幡神社より上

 
故意かどうかは判断つきませんが、ヒントとウソを織り交ぜているような内容でしたので私の容量の少ないアタマで位置の推理をしてみました。
 
 
 
•蔵本八坂さんから見えた場所
 眉山の中央から西裾の半分の範囲に限定
 
•茂助ヶ原にある
 茂助ヶ原は現在の眉山山頂とされているところですが、本来の眉山 最高地点は西峰の「毛受ヶ原(もうけがはら)」にあります。
たぶん「茂助ヶ原」と「毛受ヶ原」を間違えている!
 
•産八幡神社より上
 八坂神社の管轄ならば蔵本、庄町、加茂名区域に限定されるはずだが「毛受ヶ原」の最西端まで範囲に入れると豊崎八幡宮の管轄になる(はず…)。
 
うぅ… なんとなくエリアは限定できましたがやっぱり範囲が広すぎてこれ以上絞り込めません。
 
わかっているところでは戦前〜戦時中は賑わいをみせていた祠なので、麓からの参道が必ずあるはず。
その他、調査した資料から山頂の一本松の下にあった「溶造皇神社」。
西側の最高地点と西部公園付近から続く古い道跡(参道)を探せばいいわけです。
 
とりあえず現地付近に行ってから考えよう。
車でとりあえず茂助ヶ原(剣山本宮)に行ってみました。
 
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(剣山本宮)
 
剣山本宮はどうも違うようです。あてにならない自分の直感もそう脳内に伝えておりました。
 
とりあえず駐車場に車を停めてスマホのMAPで再確認。(結構、地理的条件から考えるとビンゴの場合が多い)
 
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MAPで眉山の表示がある場所が最高地点の西の毛受ヶ原。そこから蔵本八坂神社のラインを記憶して、MAPにポイントを指定。その場所に参道らしきものがないか確かめて、無かったら諦めようと来た道を車で戻ります。
 
MAPに立てたポイント付近で、
 
ん…
 
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なんだ怪しい階段は…
 
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階段の上に参道らしき道跡を見つけました。ニヤ(・∀・)ビンゴ!!
 
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よく見るとかなり古い石積みの階段にコンクリの階段を被せてあるだけ。めっちゃ怪しい…
 
そうと決まればすぐに車を停めてとりあえず登ります。
 
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急斜面を10ほど。道跡なのでたいへん。。。
辛うじて道跡(らしきもの)を辿ります。
 
やっと峯の上に辿りつき、西側を峯続きの山道を歩きます。
 
………。
…………。
あ、雨降ってきた……。
 
 
 
 
突然、どーーーんっ
 
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ありました。「溶造皇神社」(と思われる祠が… )。
 
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社殿らしきものはありませんが八倉比賣神社の奥の院を彷彿させる立派な石積みの上に苔生した祠があります。
祠や石積みに使用されている石もかなり立派な石です。
 
また、祠のすぐ右下に百度石もありました。
 
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百度石があるということは風化した祠ではなく、きちんとまとまった崇敬が一時期でもあった祠の証拠です。(銘も昭和十三年。戦前だな。これもビンゴ。)
また、百度石があるところにも道跡が。
これは本来の参道のようです。もうその道は凝視しないと道とわかりません。
 
ぼーっ五分ほど祠の周囲を観察。
一本松は確認できず、祠の左側には何か(建築物)があったような痕跡が…
 
と、とりあえずぬかよろこびしたくないので西の「毛受ヶ原」の最高地点周辺まで歩いて調査することにしました。
 
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眉山 最高地点、西の毛受ヶ原です。
遠くは長国、眼下にスサノオの息子達を祀る五つ祠が鎮座するの八万町エリアが確認できます。

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さて、西の毛受ヶ原よりさらに西側は特にこれといって目を引くものはありませんでした。
ただ簡素な祠が二つ揃ってあり、古墳らしきこんもりした場所も沢山ありましたが、溶造皇神社関連に関しては決定打に欠けていたのでスルーです。
 
やはり地理的条件から見つけた階段から登って来た場所に存在したこの祠が「溶造皇神社」ではないかと。(自信はないですけど。)
 
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この祠からさらに峰に沿い西側へ進み、甲羅峯隣は眉山カントリー内の八人塚古墳。(スサノオの御陵と伝わります)
さらに最高地点付近であるので八坂の名の起こりである八本の参道も条件的には問題なく、探せば見つかると思われ…(たぶん古すぎて見つけるのは不可能か… 笑)
 
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現に南の黒岩神社、南西の地蔵院、西の豊崎八幡宮への道があります。その他には上がってきた道(北側)には法谷寺、真北に蔵本八坂神社が鎮座します。
 
まだまだ追加の調査は必要ではありますが、とりあえずは素戔嗚尊を祀る総本山、「溶造皇神社」をやっと探し出せた感に浸り、個人的には満足しております。
ァ '`,、'`,、'`,、'`,、(●´∀`●) '`,、'`,、'`,、'`,、'`,、
 
それより祭祀が必要なために八坂神社に下ろしたのに再度戻した理由、そして八坂神社の○○がなぜか教えたくなさそうな感じがした雰囲気から、、、何かあるなと。。。
 
やはりもうちょっと調査が必要なようですな。
また今度思い出したら調査します。(^_^;)