awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

神の島(善入寺島 浮島八幡宮跡)

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善入寺島は吉野川の河口から約30㌖付近にある広さが約500㌶の川中島です。

昔は「天日鷲(アメノヒワシ)命」が坐す神の島、「粟嶋」と呼ばれていた聖地であります。
 
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その「粟嶋」、大正四年に吉野川の第一期改修によって遊水池として全島買収され、島の名前も「善入寺島」と名付けられたのでした。
 
「善入寺島」には忌部大社に比定される「浮島八幡宮(宮島八幡宮)」という素晴らしい神社が鎮座していました。
 
「浮島八幡宮」は暴れ川である吉野川を前にして鎮座し、吉野川が氾濫した際には社殿が川の上に浮いたように見えたことから「浮島八幡宮」と呼ばれたそうです。
 
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(浮島八幡宮
 
その「浮島八幡宮」、上の説明にある通り吉野川の第一期改修の際に取り壊されております。しかもダイナマイトで跡形もなく破壊、跡地は埋め立てられて、物の見事に形跡など見当らなくなってしまっているのです。
 
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(改修の際に爆破した石を取り除く作業)
 
はい。気になったら即行動。
さっそく現地に行って参りました。
 
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(写真中央やや下の川中島が善入寺島)
 
地図を見ても判りませんが、跡地はあからさまに禁足地(な感じ)にされて、なかなか踏み込め難い雰囲気であります。
 
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(結界を示していた鳥居は破壊されておりました)
 
浮島宮の跡地は暴風対策の竹林で囲まれていますが、いたるところに鉄柵とミニ鳥居を設置、もちろん普通自動車では入れません。
島に渡るのも吉野川氾濫の際には水中に隠れてしまう潜水橋を渡らないといけません。
 
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今回は潜水橋を渡り、橋のたもとからすぐ橋を降りて歩きで突入しました。
 
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(途中にある阿波の青石群)
 
河原をぐるっと大きく回ってやってきました。「浮島八幡宮の跡地」。
 
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浮島八幡宮跡地: 推定
 
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ピン位置が浮島八幡宮跡と推定する場所
 
ちなみに他に浮島八幡宮を書いているブロガーの皆さんは、暴風竹林の中にある池を「浮島八幡宮跡地」としています。
 
 
f:id:awa-otoko:20150220210932j:plain (過去浮島八幡宮
 
f:id:awa-otoko:20150220211650j:plain(現在 浮島八幡宮跡地)
 
f:id:awa-otoko:20150220210946j:plain(過去採石跡地)
 
f:id:awa-otoko:20150220211117j:plain(現在採石跡地)
 
私は掲載したモノクロ写真から川に近い鎮座位置、ちょうど川がカーブする位置からピンの位置だと考えました。
ピンの位置の前の水溜り(池)が、モノクロ写真の採石跡地です。(過去写真も少ないので、上に掲載した写真と同じ。場所もひじょーに判り難くてさーせん… )
 
まー、そんなこんなで「浮島八幡宮」をはじめ善入寺島に鎮座していた神社は現在は川島城の足下にある川島神社で合祀されております。
 
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(川島城)
 
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(川島神社)

阿波国の語源となったとも云われている「粟嶋(善入寺島)」。
そしてその「粟嶋」で「天日鷲命」を祀っていた「浮島八幡宮」を破壊したことは非常に悔やまれますが、現在も祭祀は継続されております。
二度と同じ過ちを「川島神社」では起こさないようにして欲しいですね…