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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

高越山考 奥の院は伊邪那美命の神陵か?(高越神社、高越寺)

知らない人はいきなりのタイトルで驚いたかもしれませんね。
それでは高越山、山頂付近にある寺社について簡単に説明してみましょう。
 
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高越寺

木綿麻(ゆうま)山三番地。山川町の西南、高越山(1122m)の山頂にあり。
寺の開基は役小角による。また弘法大師二十ハ歳のころ(801年)、この山で修行したと伝えられる。かつては戒律も厳しく、高僧が代々歴任していた。
 
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高越神社
高越神社は高越寺より上にあり、祭神天日鷲命。相殿祭神天御中主神外十三神。
 
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高越山は阿波では最も早く開けたと考えられる修験の霊山であり、一般に「おこうっあん」と親しまれている。
 
穴吹町の拝村、脇町の拝原などはいずれも高越山の遥拝所から出た地名らしく、阿波町の東林、西林もヒガシハイシ、ニシハイシと呼ばれていたものが後日現在のように文字が書き換えられたと「阿波国微古雑抄」にも書かれている。
 
さて、高越の名称であるが元永元年(1118年)に編まれた「高野大師御広伝」に「高越山寺」とあるのを初見とするが、山称、寺称ともにそれ以前からの呼称であるという。
山称の由来については四説あるらしく、
 
1.川田八幡神社の社家 早雲家の祖である早雲太夫高房が著したとされる「高越大権現鎮座次第」の宣化天皇三年戊午年(538年)早雲太夫高房を大将とする三八神がお供申し上げ、蔵王権現がこの山に御鎮座された際、「高き山へ越と云言葉により高越山と名付けたり」からの説。
 
2.吉田東吾氏著「大日本地名辞書」の「高越山は榖山の義にして、榖を加知(かち)又は加宇曽(かうそ)と訓む、忌部の祖が殖植せるは蓋此辺とす」という説。
 
3.「麻植郡誌」から「編者の考は寺が衆山に卓越した高處に建てられたから高越寺と命名され、其寺名から高越山の山名が出たものと断ずる」とある説。
 
4.「山川町史」から「和名類聚抄」の射立(いたち)郷付近に比定されるところから、射立の郷名は射楯(いたて)(兵主 ひょうず)神社が所在したことによる推定から「兵主より高越(こうつ)への転化が行われたとされる説。
 
現在ではこの四説の他に高越山の山称は「神山(かみつやま)」の転訛であり、「神山」を「こうやま」と訓じ神山=霊山の呼称であるとする説も出てきた。
(参考 徳島県出版文化協会 制作 高越山より)
 
 
このように昔から尊崇が深く、広く親しまれている高越山。
山頂 (弘法大師像 経塚跡)より200mほど北側へ下ると、その姿が確認できる 「奥の院 蔵王大権現」と「高越大権現」に現在注目が集まっています。
 

それは国生みの神である「伊邪那美命(いざなみ)」の神稜ではないかと考えられているからなんです。

延喜式内社で「伊邪那美命」が単独で祀られているのは「伊邪那美神社」一社だけで、その鎮座地は高越山山頂であったと一部では伝えられております。
 
伊邪那美命埴山比賣(はにやまひめ)弥都波能売(みつはのめ)の神を産んだあとに薨ったと日本書紀には記され、高越山が含まれる美馬郡には、この三神が式内社で祀られているという背景もあり…
 
その他に伊邪那岐命(いざなぎ)との争いの仲介役をした菊理比賣命伊邪那岐命が投げた桃が神となった意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)阿波町に祀られ条件が一致しているんです。
 
まず奥の院 周辺を実際に見てください。 
 
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 明らかに拝殿が建てられている周辺はこんもりと膨らみ古墳に見えます。
 
そして奥の院の下部には阿波の青石が敷かれ、石室の入り口が露出しているように見えます。
 
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忌部神社の山社が高越寺の興りであったとか、修験の山の山としての伝承が後年に広まってから伊邪那美命の伝承は消されかけたかのように見えましたが、近年この話題が盛んになっています。
 
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真偽の程は掘ってみないと何とも言えませんが、掘れば何かとんでもないものが、阿波の不思議。
 
経塚を掘って空海像作るくらいならこっちを先に掘って欲しかったかな…。
 
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