awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

阿波の神社巡り

有持氏ガ移遷シタ皇子権現トハ大宜都比売命ノ裔神ノコト也。

(上一宮大粟神社) 大宜都比売命が八随神と伊勢丹生から御馬石に降臨したことは以前にご紹介致しました。 神代に御馬に乗り給いて、八前の伴神を引率して本国に移らせ玉ひ、大麻比古、天日鷲命と共に一国経営の始めに粟を蒔き玉ひし神勲を以て御名を大阿波…

天手力男神の系譜: 異名同神・天石門別豊玉比賣は誰なのか?

はじめに今回の投稿は異名同神の内容が重複します。awa-otokoが一般通説と土地の口伝を併せ、都合よく解釈している内容です。文中に理解し難い箇所も多々出てくると思いますのでご注意下さいw 異名同神については調査・研究の中で複雑化、間違った方向に誘導…

阿部氏が大宜都比売命に仕えた理由(わけ)

名西郡神領村氏神由来傳羕之覚當社上一宮巻大明神御神号大粟姫命亦大宜都比売命トモ申奉リ其ムカシ伊勢国丹生ト云フ処ヨリ當村丹生ノ内山へ御出アラセラレケル其則私古ノ先祖木挽職ニテ右山へ罷出候折不斗御月ニトマリ給ケルニヤ大粟姫命曰ケルハ其方給物処…

弓折の椙尾明神

阿波・土佐・淡路の守護職として白鳥村鳥坂に居城した佐々木経高は承久三年(1232)後鳥羽天皇の詔を奉じて兵を起こしたが敗れて自殺した。 鎌倉幕府は佐々木氏に代わり小笠原長清を阿波守に任じ、長清は阿波へ入ると、まず佐々木氏の居城であった名西郡の鳥…

吾は今夜、八風を起こして海の水を吹き、波に乗りて東にゆく、これすなわち我が去る由なり。

石井町諏訪には式内社阿波國名方郡 多祁御奈刀弥(たけみなとみ)神社が鎮座しております。 御祭神は「建御名方命」です。こちらは過去に紹介させて頂きました。 改めて読んでみますと、建御名方神の説明より高志の沼河姫についての説明が主であって建御名方…

鬼籠野神社は中一宮大粟神社だったのか?

中一宮大粟神社とは現在の神山町鬼籠野に鎮座している「鬼籠野神社」のことを指している。と、されております。 鬼籠野神社の祭神は大日霊尊・金山彦命・埴安姫命・カグツチ命・ククヌチ命・ミズハノメ命・国常立命の六柱。宝治二年(1248)八月八日神領村大粟…

粟国造一族所縁の神社を再興した阿波国絶大なる領主

慶長の頃、ポルトガル宣教師ルイス・フロイスが著した「フロイス日本史」において「阿波国絶大なる領主」「偉大にして強大な武士」と紹介された阿波の武将が存在した。 戦国時代に阿波の軍事政治に大きな活躍をした武将、篠原右京之進長房(幼名は孫四郎、晩…

犬伏左近と犬伏城。主人赤沢信濃守も全部調べてしまえ!!

犬伏塚穴松坂村犬伏諏訪神社の裏に當り雑樹欝然たる丘陵あり、其西邊に塚穴あり、南に向ひ北に延ぶ、入口廣く中程は稍狭くなりて、室の隔てらしく奥の室又廣し、其室の極まる處一坪有餘の青石を建てて土の崩落を防げり、内部両側は總て天然石の方形なるもの…

白は城!阿波四家大身 大西氏とは!?

白地城(はくちじょう)は四国の中央部の山間地に立地し、西の境目峠を越えると伊予国・北の猪ノ鼻峠を越えると讃岐国、東の吉野川を下ると徳島平野を中心とする阿波国の中心部、南に吉野川をさかのぼると土佐国と、四国の十字路といえる位置にあった。南北…

安房千葉氏と阿波粟飯原氏にまつわる天女伝説

昔、千葉(せんよう)の蓮の花の咲き誇る池田の池という美しい池があり、いつのころからか夜になるとそこに天女が舞い降りていた。松の枝に羽衣をかけ、蓮の花に見に来ていたのである。このことを時の城主であった平常将(たいらのつねまさ)が知るところと…

祠は朽ちても魂朽ちず…(小笠原神社・重清城址)

重清村字城名にあり、小笠原豊後守長政此に據り剛勇にして屢次戦功あり、天正六年大西城主大西出雲守三好に背き長宗我部に降るに及び、其子白地城主大西角養、其弟七郎兵衛、久米刑馬亮をして誘殺せしむ、時偶正月に會す角養等饗を城中に受く、酒酣にして忽…

井内谷から祖谷へ(もう一つの平家落人と安徳天皇伝説)

寿永四年二月二十一日讃岐八(屋)島の合戦にやぶれた門脇中納言の次男 平国盛公は安徳天皇を守護した奉いながら三好郡の井内谷から祖谷山へ入山した。 国盛公、讃岐八(屋)島より落ち、志度にやどる、義経志度を犯す、国盛兵を引具して讃岐白鳥に引き移る…

隠された羽津明神と飯裹大明神の秘密

三好町昼間の天椅立神社は歴史が古く昼間全体の氏神であります。阿波志によれば、もともとは羽津明神という名で呼ばれた延喜式内社と記録されております。 貞治三年(1368)、雲辺寺の鰐口の銘には「阿波国田井荘、羽津宮… 」とあり、南北朝時代には羽津宮と…

東宮山に頓宮したのは誰だ?

はい。いつものテーマには少し飽きてきたので今回は違うテーマで進めてみたいと思います。 個人的にとても気になっていた美馬郡、麻植郡、名西郡の移動の要所であった東宮山ですが、やっと登頂してきました。事前に古跡の位置も調べての現地調査だったので、…

粟国造家を継承した一宮氏の偽りの歴史

社を己の住処にうつし世々斎き奉る事となりぬ。其の社は今、名東郡一宮村一宮大明神なり。(太粟姫尊考証より) 久しぶりの大宜都比売命関連の投稿です。今回は粟国造家から一宮氏が神録を奪った裏伝承と大宜都比売命の神宝にまつわる秘密を挙げていきます。…

古社をつなげる上山の卯辰市

まずは冒頭にてご紹介。 awa-otoko's blog facebookページを作成しました。よかったらページに「いいね」をお願い致しま〜す。ブログとはちょっと違う投稿なんぞを載せたりしておりますので興味のある方はどうぞよろしく。♪( ´▽`) さて、今回は神山町の黒松…

田口氏の祖先は武内宿禰!?

或記に云、武内宿禰之後胤阿波真人広記(天智天皇御宇の人)十二代之後孫阿波助国風(朱雀天皇御宇之人)其の子桜間文治行直其後十代桜間外記太夫良連子無為以甥良遠子桜間助是也而良遠之兄成良阿波民部号勝浦郡之城主也 成良之子伝内左衛門成直(一名教良)…

不思議な亀(瓶)のつながり

神山町下分の宇佐八幡の対岸には大石がある。現在は宇佐八幡に合祀されているが、かつて下分に大岩神社と呼ばれた社があった。この神社はもともと上分の奥屋敷で祭祀されていたが大水のために流出し、そのとき瓶に入れていた神器が漂着したのがこの石である…

落神ノ天神は少彦名命なのか?

名西郡石井町高川原に鎮座する「天満神社」でございます。 この神社は広大な敷地を所有した外観的にも立派な神社なのですが、ショッピングモールの背後に隠れてしまいった存在感が薄い神社なのであります。本来は「天神社」でした。その他にもいろいろと秘密…

埴土の郷 入田に潜にゅうだ(にゅうた:入田)‼︎

はい。今回は入田町に潜入しました‼︎ 入田町はネタの宝庫であります。一つ一つの旧跡で数回投稿できるネタはたくさんありますが、ここはawa-otoko'sblog‼︎ 小出しせずに一挙公開といきたいと思います‼︎ まず入田町の説明。 「入田村史」によれば景行天皇の代…

石之日売命は嫉妬に狂ったのか?

(大坂峠から奈仁輪を望む) 「奈仁輪(なにわ)」とは、志度岬、小豆島、淡路島、鳴門に囲まれた海辺の総称。 おしてるや 難波(なにわ)の崎よ 出で立ちて 我国見れば 淡島(あわしま) 自凝島(おのごろしま) 檳榔(あぢまさ)の島も見ゆ 放(さけ)つ島…

忌部三女神を祀った川田八幡神社

当社之草創ハ、忌部三女神ヲ奉勧請奉仕、其後応神天皇井御父母之神ヲ合セ祭、又七十五神ヲ添祭候ニ付、右之通リ祭来居申候… 川田八幡神社は八幡神社であるが故に「応神天皇御父母之神」を祀るのは当然。しかしそれは後に合祀したものであると一部では伝わっ…

木屋平から献上されるエレメント

大嘗祭(=新嘗祭)の儀式の形が定まったのは、7世紀の皇極天皇の頃だが、この頃はまだ通例の大嘗祭(=新嘗祭)と践祚大嘗祭の区別はなかった。通例の大嘗祭とは別に、格別の規模のものが執行されたのは天武天皇の時が初めである。ただし当時はまだ即位と結…

白鳥神社の参道を指す鳥坂から出てきたもの

国府町尼寺、古来の尼木(海城:あまぎ)の隣にある山麓の地名、鳥坂(とっさか)とは白鳥神社続く「(白)鳥(へ向かう)坂」を指しているものではないのか? (白鳥大明神こと白鳥神社) また、海城にある御瀧神社は本来の白鳥神社の入口であったはずで、詳…

木屋平に伝わる七十五膳神事

木屋平村には安徳天皇と平家にまつわる伝承が数えきれないほど残されている。 寿永四年三月二四日の壇ノ浦の合戦によって平家一門は滅亡。この日を最後にして、四百年の平安時代の歴史が終結した。平家の残党は戦場を逃れて全国に散り、山深く隠れて再起を計…

吉良忌部大神宮の元地へ

吉良忌部大神宮の元地である清頭岡磐座遺跡に行ってきました。とりあえず吉良忌部神社に関連する過去記事も確認しこれまで背景を把握しておいて頂ければと思います。 吉良 忌部大神宮(御所神社)は式内・忌部神社の論社とされ名乗りをあげました。その他の…

大宜都比売命、神々のルーツ

夜も更けてきたので今回は短めに… 天日鷲命と同郡に鎮り坐す天村雲神。 板野郡に鎮り坐す大麻比古神と葦稲葉神。 これらの神々は皆、阿波の国魂 大宜都比売命に従い、共に伊勢の国より移らせ給いし神也。 いづれの神も伊勢国に由緒有り給うことを知るべし。…

麻植郡からみる大宜都比売命・葦稲葉神の手掛かり

美郷村種野の稲荷は美郷村と木屋平村を合わせた種野山荘の総氏神でありました。この神は遥かな昔に樫の葉に乗って天降ってこられたそうで、そのため川向こうを「樫の葉」と呼び、神様が降りた石を「影向石」と呼んでいたそうです。 「樫の葉」の地名は明治…

三日月・粟飯原家住宅に訪問

鮎喰川上流の左岸の山裾にたつ粟飯原家住宅は、当主が15代目という旧家である三日月・粟飯原家を本家とする分家である。本家は千葉上総介下総国千葉郡より観応2年(1351、北朝年号)阿波国に派遣され、栗生野に邸宅を構え粟飯原石見守千葉常胤と号し、上山谷…

ぶらぶら散策。忌部大神宮跡

本業が繁忙期真っ只中で古文書を読み解く集中力も湧かないので、かつて忌部大神宮が鎮座していたと伝わる高越大権現(高越寺)をぶらぶらしてきました。 吉野川市山川町から高越山に入ります。 先月までは積雪や路面凍結で車での進入が危険な状態でしたが今…