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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

阿波の神社巡り

木屋平に伝わる七十五膳神事

木屋平村には安徳天皇と平家にまつわる伝承が数えきれないほど残されている。 寿永四年三月二四日の壇ノ浦の合戦によって平家一門は滅亡。この日を最後にして、四百年の平安時代の歴史が終結した。平家の残党は戦場を逃れて全国に散り、山深く隠れて再起を計…

吉良忌部大神宮の元地へ

吉良忌部大神宮の元地である清頭岡磐座遺跡に行ってきました。とりあえず吉良忌部神社に関連する過去記事も確認しこれまで背景を把握しておいて頂ければと思います。 吉良 忌部大神宮(御所神社)は式内・忌部神社の論社とされ名乗りをあげました。その他の…

大宜都比売命、神々のルーツ

夜も更けてきたので今回は短めに… 天日鷲命と同郡に鎮り坐す天村雲神。 板野郡に鎮り坐す大麻比古神と葦稲葉神。 これらの神々は皆、阿波の国魂 大宜都比売命に従い、共に伊勢の国より移らせ給いし神也。 いづれの神も伊勢国に由緒有り給うことを知るべし。…

麻植郡からみる大宜都比売命・葦稲葉神の手掛かり

美郷村種野の稲荷は美郷村と木屋平村を合わせた種野山荘の総氏神でありました。この神は遥かな昔に樫の葉に乗って天降ってこられたそうで、そのため川向こうを「樫の葉」と呼び、神様が降りた石を「影向石」と呼んでいたそうです。 「樫の葉」の地名は明治…

三日月・粟飯原家住宅に訪問

鮎喰川上流の左岸の山裾にたつ粟飯原家住宅は、当主が15代目という旧家である三日月・粟飯原家を本家とする分家である。本家は千葉上総介下総国千葉郡より観応2年(1351、北朝年号)阿波国に派遣され、栗生野に邸宅を構え粟飯原石見守千葉常胤と号し、上山谷…

ぶらぶら散策。忌部大神宮跡

本業が繁忙期真っ只中で古文書を読み解く集中力も湧かないので、かつて忌部大神宮が鎮座していたと伝わる高越大権現(高越寺)をぶらぶらしてきました。 吉野川市山川町から高越山に入ります。 先月までは積雪や路面凍結で車での進入が危険な状態でしたが今…

大宜都比売命 八伴神の宮を探しだせ!!

神代に御馬に乗り給いて、八前の伴神を引率して本国に移らせ玉ひ、大麻比古、天日鷲命と共に一国経営の始めに粟を蒔き玉ひし神勲を以て御名を大阿波女神、八倉比賣命、田口大明神と申し、亦大宜都比売命と尊称奉る。大麻比古大明神、種穂大権現 粟耕作なさ…

板野郡 地名の由来とコノハナサクヤヒメの繋がり

板野郡と云うは葦田野(イタノ)郡なり。根元である神宅村に吾田鹿葦津姫(イ(ア)タカシツヒメ)の神が坐す郡を以ってして郡の号となりしなり。 はい。板野郡は吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)が居た土地だから葦田野(イタノ)から板野(イタノ)郡になっ…

大麻比古神は何者?

大阿波女神は当国開闢の大神あらせしなりにて経営の初は粟を蒔き給いし神勲も有り給う由は此の姫紛れなきなり 天日鷲神も大阿波女神も御兄弟なる由動かざる考えなり 按ずるに阿波女神、天日鷲神、大麻比古神 この三神は同系の神等なり 引き続き大宜都比売命…

阿波が粟であるために

名西郡なる大粟山 國号起こりし由の古傳にありて 今猶大粟一谷の諸人とく知るところなり 粟を蒔き専ら御食功徳坐て御名を大宜都比売神亦の御名を大阿波女神と美称奉り 其粟を蒔き給ひし地を大粟山 亦名 粟生山と云ひ 国号を粟国と云伝ふ也 阿波国内には阿波…

阿波女社宮主祖系を探る… 粟国造家と粟国造館の秘密

阿波女ハ太粟姫尊ノ御事若室神ハ太粟姫尊の御子ニテ畠多神迄ヲ高皇産霊尊九世孫 千波足尼迄ヲ神ト記サル也 大宜都比売命の末裔は大宜都比売命の御子 若室神(葦稲葉神)より八代目の畠多神までが神とし、粟國造之祖八倉比賣神社宮主とされ、以降九代目の佐…

大宜都比売命の父は天手力男命

前回の続きです。 冒頭からトンデモないテーマで開始してしまいました。。。 さて、前回は「天石門別八倉比賣神社」は「天石門別豊玉比賣神社」だった旨を文書を基に簡単に紹介した訳でありますが、今回はこの結果に至った経緯を書いてみたいと思います。 …

八倉比賣神社は天石門別豊玉比賣神社だった

号外です。 ある方からトンデモナイ資料を頂きました… 今までこの資料の内容を血眼で探していた人もいると思いますのでまずは読んでみて下さい。 杉尾明神八倉比賣神社ニ非ルチ知ルヘシト思フニ杉尾ハ□(キハ)メテ天石門別豊玉比賣神社ナルヲ豊玉比賣神社ハ…

大宜都比売命と壹與と乃良根公と。

今回は私の稚拙な想像レベルの話ではなく、毎回キレッキレの考察でとてもわかりやすい"乃良根公(のらねこぶるーす)氏"の文言を借りて話を進めさせて貰います。 http://blogs.yahoo.co.jp/noranekoblues 乃良根公氏が綴る超有名blog 「空と風」。 阿波古代…

2016年明けましておめでとうございます。

(2016年 元旦 初日の出)元旦は天石門別八倉比賣神社へ初詣。次に一宮神社へ。最後に上一宮大粟神社にご参拝。各神社に行くまでの道はまるで貸切。こんなにスイスイとクルマが進めたら大麻比古神社の初詣なんて考えられなくなります。(笑)たぶん今ごろ大…

高越大権現と一宮大明神の争いから大宜都比売命の移動を探る(麻植郡 高越山・名方郡一帯)

さて、今年も残すところあとあとわずかになってしまいました。今年最後の投稿になります。 (高越大権現 奥の院 蔵王権現) 伊射奈美神社高越大権現役ノ小角此峯ニ升リ伊弉冉神社ノ側ニ金峯山蔵王権現ヲ勧請有テヨリ河原吉野川□ト云フト此神ヲ役小角祭リ玉…

天石門別豊玉比賣神社の祭神とは?(徳島市、入田町、佐那河内村、国府町)

今按本社所在阿波志阿府志共に徳島城内の龍王なりと云へるを式社略考には今の郭築たまはざる以前よりし在し社ならば此所ならんか 恐くは國初の御時勧請せさせ玉ひしにあらぬかと云へどもこの龍王に明應中の金口もあれは天正以来の社ならざる事は著し 一説に…

男狭磯の祠はどこにある?(阿南市富岡 泣石・海士石)

阿南駅から西南へ約800㍍、津乃峰参道の西側に泣石という大きな岩があります。 今では小さい堂が建てられ、泣石地蔵(泣石大師、泣石観音とも… )として夜泣きをする子供があると願掛けすれば不思議と止むと云われております。 今では知る人も少なくなりまし…

宇奈爲神社の祭神は建田背命?(宇奈爲神社)

今按阿府志に木頭谷奈井瀬村にあり 俗に十二社権現と號す奈爲ノ瀬村は宇奈爲の上略なり 此邑里正の先祖を木頭忌部正重と云 此家に康正年中の文書あり 當家は永禄年中 三好大状記に宇奈瀬殿と記せり 元亀の田文と云ものにも同じとあるもの宇奈爲神社所在と證…

大宜都比売命と八柱の随神(阿南 賀志波比賣神社、津峯神社)

今回は粟国造家伝承ではなく、古事記の引用から進めます。(注: 阿波国造粟飯原系図からの伝承ではありませんので比較すると食い違う箇所が見受けられます。別の伝承として捉えて読んで下さいw) 上一宮大粟神社の社伝には「丹生の郷から大宜都比売命が神馬…

大宜都比売命・阿波咩命・天照大神・卑弥呼を結ぶ平行四辺形

一宮太夫略系若室神九世孫佐人 佐人ヨリ十世豊茂ヨリ十六世宗成ヨリ小笠原宮内大夫長宗江祭官傳神禄傳之(異本阿波志より) awa-otoko.hatenablog.com 大宜都比売命 即ち阿波咩命の系図「阿波女社宮主系」が「粟国造 粟飯原系図」であり、こちらが一宮神社所…

ヲカノカミはウカノカミ(板野町 岡上神社)

岡ノ宮といふ地名も岡上神社あるよりて屓ひし名か 又岡と云ふ地名ありて其処にある社なれば やがて岡上ノ神と申ししか其先後はしるべからざれど いづれ岡ノ上といふ地名も近き世に云ひ出せしこととも聞こえねば必今の社なるべし 又祭神を豊宇氣毘賣神なりウ…

稲荷神にして合体神 - 葦稲羽の神(神山町 若宮神社・稲荷大明神)

神山町 神領を通る国道438号線沿いにひときわ鮮やかな朱の鳥居がございます。 幼少の砌、車に乗せられて神山町を走る最中に「何故こんな場所にお稲荷さんがあるんだろうか?」とふと考えたことがあります。それから数十年、長い歳月を経て、この地になぜ「…

摂社からみた大麻比古神社 真の祭神(鳴門市大麻町 大麻比古神社)

阿波一宮 大麻比古神社御由緒 御祭神 大麻比古大神 猿田彦大神 神武天皇の御代、天太玉命の御孫天富命勅命を奉じて洽く肥沃の地を求め阿波国に至りまして、麻楮の種を播殖し麻布木綿を製して殖産興業の基を開き、国利民福を進め 給ひその守護神として太祖天…

大宜都比売命直系 阿波女社宮祖系を追え!(一宮町 一宮神社、国府町 天石門別八倉比賣神社)

最近、大宜都比売命にいろんな意味でハマっております。 一宮神社には「阿波女(あわめ)社」国造家の系図が所蔵されていたとのことで、「阿波女社宮主祖系」を取り入れた「粟国造粟飯原家系図」が残されております。これには積羽八重事代主神の后神として…

五柱寄りて寄明神(一宮町 寄神社)

与利大明神 前に申通成助居城の鎮守ニ而御座候一宮城本丸の東北方約五〇〇メートルのところに「御殿居(おどい)」と呼ばれる平時に城主の居城がありました。南側と西側に狭くなった堀跡が譬田(たといだ)用水と呼ばれる農業用水となって残っております。…

大宜都比売命、伊勢までの足取り

いやぁ〜、参りました。。。 私的なことですが今迄阿波の神社巡りをした時の記録、写真データが消滅してしまいました。。。(苦笑)みなさんバックアップは確実にしておきましょうね。 という訳で急遽考えていたテーマを変更して、手前味噌ですが今回のテー…

鷲の大山権現 明朝の鐘(宍喰町 大山神社)

(鷲の紋章は鷲住王を表す)(宍喰町 大山神社)讃岐国造、阿波国脚咋別、凡二族之始祖也とある鷲住王は宍喰町の山深い場所、大山神社で現在も祀られております。(大山神社 社殿内)(大山神社境内 神馬)まず、鷲住王は履仲紀に「六年二月癸丑朔、喚鮒魚磯…

鮑と武内宿禰(海陽町浅川 大歳神社)

(大歳神社 鳥居) 海部郡浅川村大字大年、現在の地名では海陽町浅川字イナに鎮座する大歳神社(大年神社)。 この神社は昔から当地の産土神(うぶすなのかみ)として祭祀されております。祭神は武内宿禰。 (大歳神社 祠 :社殿はありません) 大年の人は昔…

武内宿祢の屋敷と造船所(上板町 舟ノ本、矢武八幡神社)

大山村 西分字池田に古来船の本と稱し、船の如き形を為せる土地(三畝十二歩)あり、雑草繁茂するも若し鍬を入れる時は神罰が蒙るべしとて其ままに在置しあり。口碑傅ふる處によれば山城男山八幡宮の山下に武内大臣の社あり、船の形に擬して作れり、船の本ま…

剣山 例大祭(剣山 宝蔵石神社)

今年もやってきました。剣山 例大祭。 でも起きてみたら 雨… 雨… 雨… とりあえず見ノ越まで行ってみようと車を走らせ、今年はリフトで西島駅まで登ります。 西島駅から大劔神社、御神水(おしきみず)までてくてく登り、口を潤してから一気に頂上まで登りま…

磨墨の天馬石(小松島 田野)

勝浦郡田野には天から降った天馬石という奇石があります。宇治川の先陣に、生唼(名馬 池月)のために第一着をしてやられた磨墨の石に化(な)ったものだと言われています。 磨墨とは梶原景季の愛馬であり名馬として知られていました。磨墨に乗った景季は118…

スサノオを祀る八坂の元社(以の山編 加茂名 溶造皇神社)

以前にも紹介したことのある「溶造皇(ようぞうのすめら)神社」。それは元々「いのやま」に祀られておりました。 <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/12/18/005813" data-mce-href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/12/18…

妙見菩薩となった天津甕星(阿南市 立江寺奥の院 取星寺)

羽ノ浦村大字岩脇にあり立江寺奥の院稱す、延暦中弘法大師惡星欀除の爲虚空持の秘宝を修し、大地に落ちたる惡星を當山に修め(什寳として珍襲す)、五大虚空蔵菩薩と妙見菩薩の二尊像を彫り、一宇を建立せらる、これ取星寺の權興なり、至徳年中讃州虚空蔵院…

散歩する倭大國魂神社の神體(倭大國魂神社)

重清村字西宮名にあり、大己貴命少彦名命を合祀す、神體は劍を杖て立つ上代神人の木像なり、奉祀の年代詳ならず、今より凡□百二十余年前二宮建部祠官の時、一たび偷まれしことあり、讃岐観音寺の近傍なる一祠官の家に於て發見し、像背に刻せる大島郷倭大國魂…

蔵本三谷の少彦名命(佐古 椎宮神社)

加茂名村 蔵本三谷に粟島神社あり、少彦名命を祀る。元阿波郡柿原村にありしを徳島城裏鬼門の守護として佐古十四丁目に置き、當時附近一体の地茫漠たる柳原なりしを以って柳原の名に呼ばれたり、其の後三谷に遷り以って今に至る、里俗祭神を女神と稱するは美…

大日寺は船盡神社の別当寺(大日寺、船盡神社、一宮神社、船盡比賣神社、麻能等比古神社)

(大日寺) 四国第十三番霊場である一宮町 大日寺は弘法大師の開基にして蕉中分國中寺の近くにあります。 (一宮神社) しかし大日寺は元来、神山町 船盡神社の別当寺であり、一宮神社の別当寺であった神宮寺の廃絶と共に現地に移動して一宮神社の別当寺とな…

木屋平の忌部氏と平家(木屋平 三木家、森遠 正八幡宮)

阿波忌部氏は太古から天皇が即位のときは麻から麁服(あらたえ)を織り、践祚大嘗祭(せんそだいじょうさい)に貢進してきました。麁服の貢進には阿波忌部の直系である三木家が関わり、御衣御殿人(みぞみあらかんど)として朝廷と深い関係を保ってきたので…

漁業の神 ゑびす大明神(飯谷 杉尾神社)

我が国の漁業は九州地方から発達したと考えられていますが、博多の中州、長崎と五島に漁業関係者が集まったのは日清戦争以後。これは阿波国の南方漁民が移住して漁業を開拓したことが始まりなのです。日露戦争の時にも九州の人では漁業ができずに阿波漁民が…

誓約の皇子達(八万町 王子祠、丈六町 熊野神社)

徳島市八万町には建速須佐之男命は天照大神の宇気比・誓約から生まれた五人の皇子、そのうち四人の皇子の祠が存在していたことが「八万村史」には記されています。 まずは五人の皇子が生まれるまでの簡単な経緯から。 伊邪那岐命(イザナギ)が建速須佐之男…

美保の姫神(富田八幡神社、瑞巌寺、天神社)

風速の 美穂の浦みの 白つつじ 見れどもさぶし 亡き人思へば 風早の 三保の浦わを 漕ぐ舟の 舟人騒ぐ 波立つらしも 風速の三穂の浦廻(うらみ)、風早の美保の浦曲(うらわ)。美保の崎に祀られていた神は風の強い美保の崎を廻った場所に鎮座していました。 …

黒田の庵戸宮(蔵珠院、芝原八幡神社)

国府町芝原(黒田)の地は第6代孝安天皇暦102年(紀元前291年)に、第7代孝霊天皇により遷都されたと伝わる黒田庵戸の宮の推定地。 芝原(黒田)八幡神社は「大倭根子日子賊斗邇命(おおやまとねこひこふとにのすめらみこと)」こと、「孝霊天皇」がもともと…

恐竜の神社(立川恐龍大権現)

恐竜の里1994年(平成6年)4月、高知大学地質学教室生によって勝浦(かつうら)町立川(たちかわ)の通称アゲノ谷で、白亜紀(はくあき)前期(1億2500万年前)の恐竜イグアナドンの歯の化石が四国で初めて発見された。これを機に町おこしにつなげようと、勝…

天香具山と畝火山、そして耳梨山(日の峯山、中津峰山、多家良町八多)

阿波では日の峯山と中津峰山を同日に訪れると悪いことが起きるという言い伝えがあります。 これは中津峰山頂の三十八社の天ヶ津姫神社が須佐之男命の娘であり、大国主命の妻の須勢理比賣命(すせりひめ)を祀り、日の峯山は火明命の子、天香命を祀っているか…

奈良の地名(市場町 奈良坂)

記紀において崇神紀十年に那羅山、垂仁記に那良の戸、応神記に那良山、仁德記に那良•那良山•那良の山口などを確認することができます。 これらは全て阿波の奈良街道沿いの地名と考えられ、「那良(奈良:なら)」の原意は「水の清らかな地」からきているよう…

犬を観る神社(宇多賀 賢見神社)

賢見神社は犬神憑きを落とす日本随一の神社として有名。阿波の限定された地域には、昔からの「犬神信仰」が根強く残されております。 【犬神について】犬神は、犬神持ちの家の納戸の箪笥、床の下、水甕(みずがめ)の中に飼われていると説明される。他の憑き…

筑紫の日向の小戸の阿波岐原(阿南市 橘湾周辺)

「日本書紀」神代第五段によると、イザナギはまず粟の門(あわのみなと)、速吸名門(はやすいなと)で禊をしようとしたが潮流が速いため、「橘の小戸」で禊をすることになったとあります。 江戸末期の文献「阿波志」には、 「粟の門」は阿波の水門で阿淡の…

ハニヤマ様(波尓移麻比袮神社)

美馬郡脇町の北庄一帯は北庄台地と云われる広大な河岸段丘。その台地に鎮座している北庄明神。通称「ハニヤマ様」。波尓移麻比袮神社(はにやまひめじんじゃ)です。 祭神の埴山姫(はにやまひめ)は、「古事記」では伊射奈美命が火迦具土(ひのかぐつち)を…

山脊の水主(讃岐 水主神社)

倭迹迹日百襲姫命、都の黒田宮にて幼き頃より神意を伺い、まじない、占い、知能の優れたお方といわれ、7歳のとき都において塵に交なく人もなき黒田宮を出られ、お船に乗りまして西へ西へと波のまにまに播磨灘、今の東かがわ市引田安堵の浦に着き、水清きとこ…

品陀真若王と三比賣(石井町)

(品陀真若王社跡) 名西郡石井町の日本武尊 殯宮白鳥の上流、大きく入込んだ入江に沿って「品陀真若王(ほんだのまわかおう)」と、その娘達 三人の比賣は祭祀されています。 「品陀真若王」とは五百城入彦皇子の王子、景行天皇の孫王にあたります。そして…