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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

埴土の郷 入田に潜にゅうだ(にゅうた:入田)‼︎

はい。今回は入田町に潜入しました‼︎ 入田町はネタの宝庫であります。一つ一つの旧跡で数回投稿できるネタはたくさんありますが、ここはawa-otoko'sblog‼︎ 小出しせずに一挙公開といきたいと思います‼︎ まず入田町の説明。 「入田村史」によれば景行天皇の代…

石之日売命は嫉妬に狂ったのか?

(大坂峠から奈仁輪を望む) 「奈仁輪(なにわ)」とは、志度岬、小豆島、淡路島、鳴門に囲まれた海辺の総称。 おしてるや 難波(なにわ)の崎よ 出で立ちて 我国見れば 淡島(あわしま) 自凝島(おのごろしま) 檳榔(あぢまさ)の島も見ゆ 放(さけ)つ島…

行基が刻んだ釈迦如来像

「貝鐘の音、法の御声を聴くことも稀な辺土に置き奉る不徳なり、せめて寺院なりとも建立せん。」 源頼朝の妻、尼将軍こと政子は仏を信ずること厚く、正治三年(1201)三月 立派な寺院七棟を建立することを命じ、地方信仰の中心とした。 名西郡石井町浦庄大字…

倭迹迹日百襲姫命は第二の大宜都比売命であり卑弥呼であったのか?

阿波古代史ブログの重鎮 ぐーたらさんがやっと重い腰を上げて大宜都比売命について書きだしました。ぐーたら気延日記(重箱の隅):http://goutara.blogspot.jp/?m=1大宜都比売命の解明はぐーたらさんに任せて、こちらはいろいろ手を広げていきます。 大宜都…

大粟山庄の祭官 田口氏とは??

(粟国造本館跡:推定) 田口一族は宮主と称し国造家と称して南北朝の初頃まで大粟山庄で大粟神の奉仕を行っていた。 平城天皇の大同三年五月九日に左少弁従五位下 田ノ口息継が阿波国司に任ぜられ、子孫が公領の荘園化とともに阿波に土着し豪族となったの…

百鬼夜行になった一宮長門守成祐

夜行さん(やぎょうさん)とは、阿波國(現・徳島県)に伝わる妖怪。長宗我部元親に謀殺された無念から死後亡霊となって現れた一宮成祐と伝わる。「神領村誌」によれば、神領の谷地方では旧暦の大の月のおこもりの夜は、外で馬の轡(くつわ=馬の口にはめる…

忌部三女神を祀った川田八幡神社

当社之草創ハ、忌部三女神ヲ奉勧請奉仕、其後応神天皇井御父母之神ヲ合セ祭、又七十五神ヲ添祭候ニ付、右之通リ祭来居申候… 川田八幡神社は八幡神社であるが故に「応神天皇御父母之神」を祀るのは当然。しかしそれは後に合祀したものであると一部では伝わっ…

粟凡直粲胤 粟飯原家略傳を見よ!!

速報!! 明治十年に粟飯原与一こと粟凡直粲胤が記録した「粟飯原家略傳」を入手しました。これまでアップしてきた粟飯原家の伝承内容と重複する部分はありますが、粟凡直の姓で自らの家伝を記したこの古文書を読めば上山神領村の素晴らしい歴史と粟飯原家の…

笑子岩(えびすいわ)を間近で…

神山町 神領の高根山には「笑子(えびす)岩」と呼ばれる神の石がある。その形はあたかも笑っている顔に見えるので、今では笑子石ではなく人面岩の名前で知られている。 神領村誌によると、上古、阿波(粟)国を支配した神がその子孫である国造(くにのみや…

木屋平から献上されるエレメント

大嘗祭(=新嘗祭)の儀式の形が定まったのは、7世紀の皇極天皇の頃だが、この頃はまだ通例の大嘗祭(=新嘗祭)と践祚大嘗祭の区別はなかった。通例の大嘗祭とは別に、格別の規模のものが執行されたのは天武天皇の時が初めである。ただし当時はまだ即位と結…

白鳥神社の参道を指す鳥坂から出てきたもの

国府町尼寺、古来の尼木(海城:あまぎ)の隣にある山麓の地名、鳥坂(とっさか)とは白鳥神社続く「(白)鳥(へ向かう)坂」を指しているものではないのか? (白鳥大明神こと白鳥神社) また、海城にある御瀧神社は本来の白鳥神社の入口であったはずで、詳…

木屋平に伝わる七十五膳神事

木屋平村には安徳天皇と平家にまつわる伝承が数えきれないほど残されている。 寿永四年三月二四日の壇ノ浦の合戦によって平家一門は滅亡。この日を最後にして、四百年の平安時代の歴史が終結した。平家の残党は戦場を逃れて全国に散り、山深く隠れて再起を計…

驚愕の事実だったよ 剣山大権現縁起(実地調査Ver)

はい。以前にUPした剣山大権現縁起に肉付けするべく利剣山 藤之池龍光寺に参拝して参りました。 いやぁ〜、半端ない雰囲気の中で龍光寺の境内をくまなく確認させて頂きました。 ただ、、、龍光寺に参拝する前には剣山登山。 GWで見ノ越の無料駐車場は第一、…

吉良忌部大神宮の元地へ

吉良忌部大神宮の元地である清頭岡磐座遺跡に行ってきました。とりあえず吉良忌部神社に関連する過去記事も確認しこれまで背景を把握しておいて頂ければと思います。 吉良 忌部大神宮(御所神社)は式内・忌部神社の論社とされ名乗りをあげました。その他の…

忌部大祭主 麻植氏の大いなる系譜

あのー、はじめに言っておきますが前回と同じく古文書の写真ばかりです。わからない人には全く面白くない。そして!ツッコミが入る前に言っておきますがハッキリ手抜きですw GW突入ですから。(笑)でも史料は超一級w わかる人にはお宝!わからない人には全…

千波足尼が遺した伝承

阿波国の南北。さらには伊豫の国。断片的ですが大粟大明神の繋がりが見えてきました。今回は千波足尼(ちはのすくね)、即ち粟国造氏族の残した古文書の写しから進めていきます。たまには妄想じゃなく考証もしとかないとね。 大粟大明神古記(写)です。 一…

血潮に染まる民部岩と愛宕山

今回は番外編?です。 ちょっと気になるところで海部郡の愛宕山を調査してきたのですが、まだまだ考証に至らないためにお蔵入りにしました。(最後に触りだけ書いてます。笑) これと言っては何ですが、ちょっとだけ愛宕山に関係する「民部岩」の伝承をご紹…

小杉榲邨は騙されたのか?(その壱)

知ってる人は偉業を知ってる。知らない人は全く知らない。(笑)まずは知らない人へ、小杉榲邨(こすぎすぎむら)という人物のご紹介。徳島藩の陪臣の子として生まれる。通稱は五郎、號は杉園(さんえん)。藩校で漢學経史を學び、古典の研究に専念し、本居…

麻植郡からみる大宜都比売命・葦稲葉神の手掛かり

美郷村種野の稲荷は美郷村と木屋平村を合わせた種野山荘の総氏神でありました。この神は遥かな昔に樫の葉に乗って天降ってこられたそうで、そのため川向こうを「樫の葉」と呼び、神様が降りた石を「影向石」と呼んでいたそうです。 「樫の葉」の地名は明治…

三日月・粟飯原家住宅に訪問

鮎喰川上流の左岸の山裾にたつ粟飯原家住宅は、当主が15代目という旧家である三日月・粟飯原家を本家とする分家である。本家は千葉上総介下総国千葉郡より観応2年(1351、北朝年号)阿波国に派遣され、栗生野に邸宅を構え粟飯原石見守千葉常胤と号し、上山谷…

ぶらぶら散策。忌部大神宮跡

本業が繁忙期真っ只中で古文書を読み解く集中力も湧かないので、かつて忌部大神宮が鎮座していたと伝わる高越大権現(高越寺)をぶらぶらしてきました。 吉野川市山川町から高越山に入ります。 先月までは積雪や路面凍結で車での進入が危険な状態でしたが今…

大宜都比売命 八伴神の宮を探しだせ!!

神代に御馬に乗り給いて、八前の伴神を引率して本国に移らせ玉ひ、大麻比古、天日鷲命と共に一国経営の始めに粟を蒔き玉ひし神勲を以て御名を大阿波女神、八倉比賣命、田口大明神と申し、亦大宜都比売命と尊称奉る。大麻比古大明神、種穂大権現 粟耕作なさ…

三千世界が波打ったころ

今回は誰も知らない、本当にあったことさえもわからない忌部の民が活躍する前のお話。たまには記紀から少し距離を置いて考えてみてもいいかななど思いまして… 麻植郡の山塊や、傍らに流れる河川は太古の昔より大きな変化を伴いながら現在に至り、神代の昔、…

神の境界線

阿波忌部族が粟を植えたと伝わる「粟島(善入寺島)」には天日鷲神を祭神とする「浮島宮」と天日鷲命の兄弟神である天津羽命が祭神である「八条宮」が鎮座していました。 八条宮(神社)で祭祀されていた天津羽命とは阿波咩、阿波波神、阿波の神、阿波津比賣…

驚愕の事実 剱山大権現縁起(阿波弁Ver)

ちょっと気にて調べてみれば驚きの連続だった剱山大権現縁起。こちらは明治十二年、神山村の三日月家(粟凡直一族)たる粟飯原氏によって記録されたものです。 何故に高越大権現の昔話を一宮大明神氏子が書いたのかはわかりませんが、書いている内容から推…

天智天皇はフェイク!? 葛木男神の影…

(阿州北灘葛城大明神縁起) 謹みて按ずるに天智天皇は葛城皇子と申し、又、中大兄皇子とも申し奉りしなれば葛城大明神と號し奉ること其故あるべし 昔々、天智天皇が讃岐國八島(屋島)へ御幸の御時、粟田村に御船がかかり、とある池の鮒を釣りしようとされ…

弥吉明神の御神像

御神像の御姿は烏天狗を型取り赤銅によって造っていると伝えられている。顔は烏天狗で身体は座して合掌しており、身の丈は一寸内外。現在の明神町 大麻比古神社(おおまひこじんじゃ)の御本尊である。 この御神像は中世より一宮城主であった一宮一族に三百…

大地震並夏雪事

そろそろ南海地震に備えておいた方がいいかもしれません。「太平記」巻第三十六には地震と夏雪の記録が残されております。軍記物語ゆえに文学的、誇張的表現、あるいは不正確な記述も見られるが、阿波雪湊(由岐)の津波の存在は事実とされる… とのこと。恐…

椿泊のお多福岩と森家墓所

古代より、沿海部に居住する海民は水上兵力として活躍していました。古代ヤマト政権の時代に日本の水軍を支えたのは安曇部(あずみべ)や海人部(あまべ)、津守氏といった海の氏族たちでした。 中世より阿波で名を轟かせた森家… 阿波水軍を率いた森甚五兵衛…

板野郡 地名の由来とコノハナサクヤヒメの繋がり

板野郡と云うは葦田野(イタノ)郡なり。根元である神宅村に吾田鹿葦津姫(イ(ア)タカシツヒメ)の神が坐す郡を以ってして郡の号となりしなり。 はい。板野郡は吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)が居た土地だから葦田野(イタノ)から板野(イタノ)郡になっ…

恩山寺は誰を祭祀しているのか?

四國八十八箇所霊場第十八番札所 恩山寺(おんざんじ)は、徳島県小松島市田野町にある高野山真言宗の寺院であります。母養山(ぼようざん)寶樹院(ほうじゅいん)と號し、本尊は薬師如来とされております。 それでは恩山寺の伝承を下記引用からご確認下さ…

大麻比古神は何者?

大阿波女神は当国開闢の大神あらせしなりにて経営の初は粟を蒔き給いし神勲も有り給う由は此の姫紛れなきなり 天日鷲神も大阿波女神も御兄弟なる由動かざる考えなり 按ずるに阿波女神、天日鷲神、大麻比古神 この三神は同系の神等なり 引き続き大宜都比売命…

忌部本社の鎮座地はここだ!!

え~、過去に忌部神社の本社地をめぐって忌部系統の神社が「我、由緒ある本社地である。」と各々が名乗りを挙げて揉めに揉めた騒動が起きていたのはご存知でしょうか。 (知らない方は下の引用で確認してください〜。↓↓↓ ) 『延喜式神名帳』に載せる「阿波…

阿波が粟であるために

名西郡なる大粟山 國号起こりし由の古傳にありて 今猶大粟一谷の諸人とく知るところなり 粟を蒔き専ら御食功徳坐て御名を大宜都比売神亦の御名を大阿波女神と美称奉り 其粟を蒔き給ひし地を大粟山 亦名 粟生山と云ひ 国号を粟国と云伝ふ也 阿波国内には阿波…

阿波女社宮主祖系を探る… 粟国造家と粟国造館の秘密

阿波女ハ太粟姫尊ノ御事若室神ハ太粟姫尊の御子ニテ畠多神迄ヲ高皇産霊尊九世孫 千波足尼迄ヲ神ト記サル也 大宜都比売命の末裔は大宜都比売命の御子 若室神(葦稲葉神)より八代目の畠多神までが神とし、粟國造之祖八倉比賣神社宮主とされ、以降九代目の佐…

大宜都比売命の父は天手力男命

前回の続きです。 冒頭からトンデモないテーマで開始してしまいました。。。 さて、前回は「天石門別八倉比賣神社」は「天石門別豊玉比賣神社」だった旨を文書を基に簡単に紹介した訳でありますが、今回はこの結果に至った経緯を書いてみたいと思います。 …

八倉比賣神社は天石門別豊玉比賣神社だった

号外です。 ある方からトンデモナイ資料を頂きました… 今までこの資料の内容を血眼で探していた人もいると思いますのでまずは読んでみて下さい。 杉尾明神八倉比賣神社ニ非ルチ知ルヘシト思フニ杉尾ハ□(キハ)メテ天石門別豊玉比賣神社ナルヲ豊玉比賣神社ハ…

大宜都比売命と壹與と乃良根公と。

今回は私の稚拙な想像レベルの話ではなく、毎回キレッキレの考察でとてもわかりやすい"乃良根公(のらねこぶるーす)氏"の文言を借りて話を進めさせて貰います。 http://blogs.yahoo.co.jp/noranekoblues 乃良根公氏が綴る超有名blog 「空と風」。 阿波古代…

高越大権現と一宮大明神の争いから大宜都比売命の移動を探る(麻植郡 高越山・名方郡一帯)

さて、今年も残すところあとあとわずかになってしまいました。今年最後の投稿になります。 (高越大権現 奥の院 蔵王権現) 伊射奈美神社高越大権現役ノ小角此峯ニ升リ伊弉冉神社ノ側ニ金峯山蔵王権現ヲ勧請有テヨリ河原吉野川□ト云フト此神ヲ役小角祭リ玉…

天石門別豊玉比賣神社の祭神とは?(徳島市、入田町、佐那河内村、国府町)

今按本社所在阿波志阿府志共に徳島城内の龍王なりと云へるを式社略考には今の郭築たまはざる以前よりし在し社ならば此所ならんか 恐くは國初の御時勧請せさせ玉ひしにあらぬかと云へどもこの龍王に明應中の金口もあれは天正以来の社ならざる事は著し 一説に…

男狭磯の祠はどこにある?(阿南市富岡 泣石・海士石)

阿南駅から西南へ約800㍍、津乃峰参道の西側に泣石という大きな岩があります。 今では小さい堂が建てられ、泣石地蔵(泣石大師、泣石観音とも… )として夜泣きをする子供があると願掛けすれば不思議と止むと云われております。 今では知る人も少なくなりまし…

天日鷲の神殿跡 青樹社(あおきのもり)

久しぶりの山崎 忌部神社です。 真後ろからパシャリ。 さて、大宜都比売命関係が続いたので今回は忌部関係で。(笑) 今回は知ってる人は前から知っているであろう青樹社(あおきのもり)がテーマ。 awa-otoko.hatenablog.com 山崎 忌部神社を東に出て谷に沿…

船盡比賣命は木船ノ神(神山町阿野 船盡神社)

awa-otoko.hatenablog.com入田町の船盡比賣神社については全国の岐の神の元社とし、大宜都比売命の兄弟神「天 島(鳥:とり)船神」が祭神であると書きましたが、松浦年長が記した文書から捨て置けない内容を発見しましたのでご紹介します。(歯の辻 船盡神…

大宜都比売命と八柱の随神(阿南 賀志波比賣神社、津峯神社)

今回は粟国造家伝承ではなく、古事記の引用から進めます。(注: 阿波国造粟飯原系図からの伝承ではありませんので比較すると食い違う箇所が見受けられます。別の伝承として捉えて読んで下さいw) 上一宮大粟神社の社伝には「丹生の郷から大宜都比売命が神馬…

大宜都比売命・阿波咩命・天照大神・卑弥呼を結ぶ平行四辺形

一宮太夫略系若室神九世孫佐人 佐人ヨリ十世豊茂ヨリ十六世宗成ヨリ小笠原宮内大夫長宗江祭官傳神禄傳之(異本阿波志より) awa-otoko.hatenablog.com 大宜都比売命 即ち阿波咩命の系図「阿波女社宮主系」が「粟国造 粟飯原系図」であり、こちらが一宮神社所…

船戸の盡(はて)〜(一宮町 船盡神社)

一宮祠の東百八十歩 船渡神あり 或は以て船盡と為す是なり三代実録貞観十四年十一月二十九日従五位を授く、旧事記云ふ島之石楠船神又の名は天島船神、大宜都比売命の兄弟也 船戸の神、即ち「岐(き)ノ神」についての解釈は難しく、時間的・空間的に拡散して…

ヲカノカミはウカノカミ(板野町 岡上神社)

岡ノ宮といふ地名も岡上神社あるよりて屓ひし名か 又岡と云ふ地名ありて其処にある社なれば やがて岡上ノ神と申ししか其先後はしるべからざれど いづれ岡ノ上といふ地名も近き世に云ひ出せしこととも聞こえねば必今の社なるべし 又祭神を豊宇氣毘賣神なりウ…

摂社からみた大麻比古神社 真の祭神(鳴門市大麻町 大麻比古神社)

阿波一宮 大麻比古神社御由緒 御祭神 大麻比古大神 猿田彦大神 神武天皇の御代、天太玉命の御孫天富命勅命を奉じて洽く肥沃の地を求め阿波国に至りまして、麻楮の種を播殖し麻布木綿を製して殖産興業の基を開き、国利民福を進め 給ひその守護神として太祖天…

大宜都比売命直系 阿波女社宮祖系を追え!(一宮町 一宮神社、国府町 天石門別八倉比賣神社)

最近、大宜都比売命にいろんな意味でハマっております。 一宮神社には「阿波女(あわめ)社」国造家の系図が所蔵されていたとのことで、「阿波女社宮主祖系」を取り入れた「粟国造粟飯原家系図」が残されております。これには積羽八重事代主神の后神として…

忌部の神塚(吉野川市鴨島町麻植塚 麻植の神塚)

麻植塚には面積約五坪、高さ三尺位の古墳のようなものがあって「麻植の神塚」と呼ばれている。塚の上には今倉某の石碑が数基あって、付近の地名を塚西、塚東と呼び、忌部の氏人 今鞍進士(いまくらのしんし)の祖を祀った所と伝えられ、付近に今倉姓があり、…