awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

阿波の伝説

為朝の夢告げ

どうも。awa-otokoは阿波に来た(?)と伝承される源為朝を追い、過去には以下の為朝関連の記事を投稿しております。 いろいろ調べておりますとこの白人明神は昔からやたらと神降りや夢告げが多いのですよ。 美馬郡穴吹町口山の白人神社は源為朝を祀り、旧麻…

大宜都比売命からの御食

その昔、鳴門の大毛島の海岸一帯には「あしか」が生息していたという。今から三百年以上も前に阿波三代藩主である蜂須賀忠英公 寛永六年頃に、「あしか」と馬が交尾してこどもが生まれると水陸両用の名馬ができるという迷信から、鳴門 土佐泊浦大毛一円に限…

連れて来られた事代主神、そして謎の鳥たち。

武布津神が出雲を平定して天照大神に奉告するため事代主神を道づれにして阿波へ来た。一行は讃岐の志度に上陸して日開谷を過ぎて伊笠山麓付近に来た。その時忌部族は、高天原族等の不意の浸入を咎めてこぜりあいがあったが、やがて忌部族長 天日鷲命は武布津…

タタリ谷の常厳寺跡 堅雄上人の痕跡

加茂名村島田に本願寺あり。寺蔵する所の聖徳太子傳暦巻物は乾元二年二条天皇の御世の作製にして今を去る六百餘年前の逸品なり。元庄村法谷寺(峰の薬師)に存置しありしが、其後儈 賢雄(堅雄)の手によりて本寺の所蔵に歸し、今や國寳に編入せらるるに至れ…

貞光の義人 原太郎左衛門を祀る三王神社

どうも。多忙でなかなか投稿する気にもならないところでアクセス数30万超過しましてありがたいやら申し訳ないやら。ということで急遽番外編 義人シリーズを投稿致します。(手前味噌で誠に申し訳ございませんな。( ´△`) ) 国道192号線つるぎ町貞光ゆうゆう…

一宇谷に白壁の家が無い理由

名勝一宇峡の奇観、土釜を見下ろして建つ記念碑があるのはご存知でしょうか。碑文の主人公は谷貞之丞。当地の困窮を救済した義人であります。今回も番外編、昔々の哀しい伝承です。 宝永の終わりごろに旱魃が続きで池や沼、井戸の水は枯れ、日毎夜毎集落の民…

貞光村の罪人六人塚

今回は貞光番外編。以前に投稿した内容では西側の氣の流れが停滞して云々… いうておりましたが、貞光村の伝承から見つけてナルホド、あの陰の雰囲気の理由がわかりました。まぁさらっと流し読みできるように書いた(つもり)なので読んでみて下さいな。 天正…

栂橋の古戦場と犬の墓(と、そばごや)

旧一宇村の古見地区には多くの名所旧蹟や古戦場があります。一宇では昔からお邸さんと呼ばれている旧家があり、ここの主人は代々天狗がついているという伝説があって実際に不思議なことが度々おこったそうです。この旧家は南朝の忠臣であった小野寺一族で、…

神山の新田八幡神社は本来何であったのか⁈

楠正成、新田義貞という名将が戦死した後、四国の南朝方勢力の挽回するために興国元年(一三四〇)四月三日、義貞の弟である脇屋義助が四国官軍総大将に任ぜられて伊予国川之江城に入城した。義貞の二男義宗、義助の子式部大輔義治とその弟義広なども川之江…

徳島県誌略に記されし阿波國を統率した者

古代、現在の徳島県の北の地域は粟の生産地により粟国、南の地域は長国と呼ばれた。のちに律令制において長国造の領域を含め令制国としての粟国が成立。和銅6年(713年)、元明天皇による好字令で、地名を二字で表記するため「粟」は「阿波」に変更された。…

佐那河内の神社についての記録、御神宝いろいろ

今回は佐那縣こと佐那河内村を代表する神社の資料から伝説と神宝を駆け足でご紹介します。 (大宮正八幡大神宮だと⁈) 人皇四十二代文武天皇の御宇大寶三癸 卯年御神説有ニ依て第一本宮備前国宇佐宮より四十三代元明天皇和銅元戊申年二月初卯日佐那縣ニ宮柱…

友内山 浮島とくしふる滝に行ってきた。

awa-otokoです。書ける時にまとめてブログを書いております。いやはや公では忙しい日々が続いておりますが、そんな時の休日の過ごし方はカラダをめいいっぱい動かすこと。 という訳で、最近課題が山盛りな友内山へ調査を兼ねて登山に向かったのですが、天候…

貞光墓は誰の墓⁈

貞光の地名に就て即ち「貞光は異本阿波志曰太田貞光殿とあり又阿波志曰或曰藤原貞光嘗居此、因名ともに人の名になしたれどいかがあらむ嘉祥年間宣命の寪に定満とあり又慶長八年の記を寪したるには定光とあり全く人の名と思れぬ處あり」と、併し異本阿波志に…

端山は母山の義なり(その弐)

はい〜。前回から端山付近について綴っております。続きでございます。 その前にトップの地図写真、アバウトな作りではありますが、なかなかよく見ると面白いのです。陵の位置が描いてあるだけではございません。まぁこの件は後ほど。 それでは本題を進めて…

岡本監輔「祖志」にある高天原論

どうも。最近は忌部郷(穴吹、貞光、端山、一宇周辺)の説話や伝承に力を入れているawa-otokoです。今回はあの岡本監輔が明治二十三年に出版した「祖志」という書籍からの内容を紹介したいと思います。 (☝︎こちらが岡本監輔。) まず岡本監輔。こちらの御方…

讃州白峯廟から持って来た崇徳院を祀る白人宮⁈

七十七代後白川院ノ朝保元ノ乱ニ新院ノ軍破レテ讃州ニ還サレ玉ヒ藤原頼長家司藤内左衛門範景入道シテ蓮心法師ト号讃州ニ来リ白峯ノ御墓ヲ拝シ草庵ヲ結御菩提ヲ弔フ処河野大領高遠ヨリ障ルノ義アツテ 阿波ヘ移リ当寺ニ寄宿シ三ヶ峯ノ神社ニ新院ノ御霊ヲ神ト仰…

阿波民部の大いなる計画

最近ぐーたら氏から貴重な資料をわけわけ(シェアね。)して頂きまして、資料転載の可否を伺いましたところ快く承諾してくれました。 今回はその一部を皆様にご紹介したいと思います。ちな、出典についてはぐーたら氏が今後の投稿に挙げられると思いますので…

ちはやふる… 三韓征伐の御神歌

十月に入りましたね。十月といえば阿波の南方において赫舟の行事が催される時期。今回は浅川港に伝承されていた舟歌をご紹介したいと思います。 浅川の天神社の祭事は旧十月十七日(神嘗祭)の日に行われていました。(現在は祭日も変わり、山車は南海地震の…

朝宮から大宮へ(名東の章)

えーと、、、前回の記事より続きとなります。前回は麻植の章として牛島八幡神社が「苧(麻:お)宮→大宮(おおみや)」へ転訛した伝承を紹介しました。 お気付きの方がいらっしゃるかも知れませんが、今回は微妙に題名を変えてます。これは麻植の章で書いた内…

麻宮から大宮へ(麻植の章)

吉野川市鴨島町牛島には天日鷲命を主祭神とする「牛島八幡神社」が祀られています。 当社は古い時代の創建で、神山町阿川の二宮八幡神社の大般若経 嘉慶二年(1388年)の奥書に牛島八幡と記されており、室町時代には既に存在していたと考えられます。また牛…

日知りと月読み(その参:今鞍進士と斎社の行方)

前回は「月読み」とは天体学などに長けたシャーマンの名称、美郷村月野に存在した「月読命の宮」こと「斎社」について述べました。今回は「斎社」のその後について自説を含めながら進めたいと思います。 今鞍氏が居住していた美郷村月野では「鎌倉屋敷」と称…

日知りと月読み(その弐:月野月読命の宮跡 斎社)

前回は日智子王神社から「日知り」についてでした。今回は「月読み」と「月読命」の相違点を中心に進めていきます。 阿波忌部氏を背景として種穂山や山崎忌部山などと関わりが深い美郷村。美郷村は昔から木屋平村、神山町、鴨島町、川島町方面の要路となって…

日知りと月読み(その壱:日智子王神社)

種穂忌部神社の摂社に「日智子(ひちこ)王神社」がございます。種穂山登山道にこんな看板があるのはご存知でしょうか。(登山道幅は狭いし車を駐車する場所も限られるので、よほどマニアな人でないとこちらの大神宮を参拝する人はいないのではないかと思い…

忌部伝承 二種の神器

ヤマト王権が確立してから宮廷祭祀を司った忌部氏と中臣氏。忌部氏は主に祭祀具の製造や調達、管理を行いながら宮殿の祈祷も中臣氏と共に担っていたのは皆さまもご存知の通りです。日本書紀には「中臣連の遠祖 天児屋命、忌部の遠祖 太玉命、相与に致其祈祷…

探せ‼︎ 剣山にある弘法大師が刻んだ法華経一字一石の塚

はい。今回はひっぱり過ぎが否めない剣山大権現縁起から。 (剣山大権現縁起の下書き) (全部は掲載しませんぜ。) 昔、安徳帝行在の砌陣営に用ひ給ひし事あり故に藤の池陣屋とも云ふなりと参詣者必ず此に宿す… と伝わる藤ノ池 龍光寺から一ノ森、剣山への…

霊験あらたかなる徹玄法師のお墓

どうも。あっという間にお盆も過ぎ去ってしまいました。阿波踊りは参加しましたか?ご先祖様のお墓参りはきちんと済ませましたか? ということで、今回はお墓参り繋がりから神山町上分に伝わる霊験あらたかな偉いお坊さんのお墓を紹介したいと思います。 些…

友内山は高千穂神山

友内大権現は旧郷社であり神饌幣帛料供社。創建年代不詳。友内山一名木綿麻山の頂上の近く、阿波忌部の祖神 天日鷲命を祀り古くから山岳信仰の対象とされてきた。中世には阿波守護小笠原氏や細川氏の崇敬社となり、藩政時代は友内大権現と称した。のちに友落…

☆★☆剣山山頂大祭だぜ★☆★

その昔は女人禁制の掟が固く守られていた剣山。錫杖や法螺貝を持つ先達に連れられた白衣の講組が六根清浄を唱えながら山崎から種野峠・燧峠を越えて二泊三日で登山していました。現在は穴吹・貞光からふもとまでのバスの便があり、夏季には貞光から見ノ越ま…

神領 粟国造の館考

大通寺正覚院ハ今上角名大通寺良藏院といふ院内一派の修験なり。一宮城主小笠原氏と縁を組し事今に此村に言伝あり。又小笠原氏隠居家なりといふ説もあり。 小笠原長宗が粟国造家の神録を強奪して一宮大宮司と称したことはこれまで拙ブログ記事でも紹介済み。…

国造家ノ将、鬼籠野ニテ死ス。其跡ニ庚申塚置キタル也。

暦應四年十月非道ニモ長宗兵力ヲ以粟國造家ヲ攻メ神録ヲ横領シ祭官職ヲ強奪セシ也。其證如何ト云ニ今神領村ノ隣村ナル鬼籠野村鬼籠野名ト云地ニ辻堂アリ。其傍ラニ周囲二丈許ノ杉大木アリ(其小祠ハ神佛混偖禁止ノ際ニ排除シテ其跡ニ庚申塚置) 里老口傳云此…