awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

空海の足跡

神殺しの舞台は焼山寺なのか?

天正三年五月一八日「宵ヨリ箒星出ル、其光如日月、同夜月無隈ニ大麻山ヨリ大船二艘虚空ヲ渡リ、焼山寺ノ嶺ニ掛リテ消ヌ」 “1575年の5月18日のことである。宵にホウキ星(彗星)が見えた。それは日や月の光と同じような明るさだった。その夜は月は無く、北東…

探せ‼︎ 剣山にある弘法大師が刻んだ法華経一字一石の塚

はい。今回はひっぱり過ぎが否めない剣山大権現縁起から。 (剣山大権現縁起の下書き) (全部は掲載しませんぜ。) 昔、安徳帝行在の砌陣営に用ひ給ひし事あり故に藤の池陣屋とも云ふなりと参詣者必ず此に宿す… と伝わる藤ノ池 龍光寺から一ノ森、剣山への…

箸蔵寺に隠された「箸:はし」とは何なのか⁉︎

はい。今回は三好の箸蔵寺。讃岐金毘羅さんとは深い深い関係にあって古より奥之院とされております。(結構距離が離れているのにね。) ちなみにawa-otokoは大國主命と少彦名命が伊豫国の道後温泉への行幸途中に立ち寄った場所の一つが箸蔵寺だと考えていま…

ぜんぜん跡形ないぞ⁉︎ 阿波國國司廳趾‼︎(とその秘密)

はい。今回は阿波国司庁跡の紹介です。題名にありますように、まったくもって国司庁跡とはわかりません。跡地はひと昔前から、一面田んぼに変わってしまっているからなのです。 (これな。) (国司庁跡に鎮座する天満宮) そんな阿波国司庁跡。現在では国府…

劔の山 不動明王スサノヲ伝説

剣山の明神は、木屋平の龍光寺と祖谷の圓福寺両別當の相持ちにて社も大剣小剣の二に分れたり。村人は此神を安徳天皇の御剣なりと云傳ふれど、正しくは忌部神なるべし。さて此剣山の祭禮に山村の女子が白粉をよろほひて、其の上に紅を以つて額又頬に十の字を…

鈴ヶ峰に空海が祀ったのは本当に聖観音だったのか?

(聖観音像が見つかった岩屋) 阿波の南、海部郡宍喰町鈴ヶ峰円通寺の観音様伝説はご存知でしょうか。 慶安三年の頃、櫛川村(旧川西村大字櫛川、鈴ヶ峰北側ふもと)に五良兵衛という猟師がいた。毎日各所の山を駆け巡って獲物を狩る腕利きの猟師として名を…

灰燼に帰した童学寺(本尊以外の伝承物はどうなった!?)

2017年3月25日午後5時30分頃、庫裏(住居兼台所)が火元とみられる火災が発生した。本堂及び庫裏などの建物が全焼したが御本尊の木造薬師如来像は運び出されて無事だった。 (3/25 火災の様子) はい。火災の記憶が新しい童学寺でございます。あの火災からど…

高彦根山と弘法大師

平安初期の延暦二三年、空海と最澄は遣唐使の船に便乗し中国の唐に渡った。最澄は翌年に帰国して比叡山延暦寺を開基し天台宗を広め、空海は延暦二五年、年号が改元され大同元年となったこの年に帰国し真言宗を広めたのである。 空海は最澄と同じように宗の開…

粟国造一族所縁の神社を再興した阿波国絶大なる領主

慶長の頃、ポルトガル宣教師ルイス・フロイスが著した「フロイス日本史」において「阿波国絶大なる領主」「偉大にして強大な武士」と紹介された阿波の武将が存在した。 戦国時代に阿波の軍事政治に大きな活躍をした武将、篠原右京之進長房(幼名は孫四郎、晩…

犬伏左近と犬伏城。主人赤沢信濃守も全部調べてしまえ!!

犬伏塚穴松坂村犬伏諏訪神社の裏に當り雑樹欝然たる丘陵あり、其西邊に塚穴あり、南に向ひ北に延ぶ、入口廣く中程は稍狭くなりて、室の隔てらしく奥の室又廣し、其室の極まる處一坪有餘の青石を建てて土の崩落を防げり、内部両側は總て天然石の方形なるもの…

白は城!阿波四家大身 大西氏とは!?

白地城(はくちじょう)は四国の中央部の山間地に立地し、西の境目峠を越えると伊予国・北の猪ノ鼻峠を越えると讃岐国、東の吉野川を下ると徳島平野を中心とする阿波国の中心部、南に吉野川をさかのぼると土佐国と、四国の十字路といえる位置にあった。南北…

古代の祭祀場、天桁山(あめのけたやま)

東宮山と峯続きにある山、「天行山(あまぎょうさん)」。阿波古代史の入門書ともいえる書籍「道は阿波より始まる(その三)」には、以下のように記されています。 蜂須賀治世時代の諸文献では「天行山」ではなく「天桁山」「桁村」が地名として使われている…

野見宿禰から繋がる天神村の天満天神

さて、少し前に落神の天神について触れました。 結論では邇邇芸命を祭祀しているのではないか?という事で締めた訳なんですが…しかし、またタイムリーなことに天神村の天神社について別の見解を発見するに至ってしまいました。個人的には今回投稿する内容の…

落神ノ天神は少彦名命なのか?

名西郡石井町高川原に鎮座する「天満神社」でございます。 この神社は広大な敷地を所有した外観的にも立派な神社なのですが、ショッピングモールの背後に隠れてしまいった存在感が薄い神社なのであります。本来は「天神社」でした。その他にもいろいろと秘密…

この氣、何の氣?屋嶋城(やしまのき): まつろわぬ神、蓑山大明神・屋島稲荷の章

前回は序章だったので屋嶋城(やしまのき)自体の説明にとどまりました。 阿波の大滝山に高安城(たかやすのき)があったが故に屋嶋城が造られたと想定した訳です。が、屋嶋城の頂上には古代より"崇敬される遺物"が存在した形跡がちらほら。 今回の投稿は、…

驚愕の事実だったよ 剣山大権現縁起(実地調査Ver)

はい。以前にUPした剣山大権現縁起に肉付けするべく利剣山 藤之池龍光寺に参拝して参りました。 いやぁ〜、半端ない雰囲気の中で龍光寺の境内をくまなく確認させて頂きました。 ただ、、、龍光寺に参拝する前には剣山登山。 GWで見ノ越の無料駐車場は第一、…

ぶらぶら散策。忌部大神宮跡

本業が繁忙期真っ只中で古文書を読み解く集中力も湧かないので、かつて忌部大神宮が鎮座していたと伝わる高越大権現(高越寺)をぶらぶらしてきました。 吉野川市山川町から高越山に入ります。 先月までは積雪や路面凍結で車での進入が危険な状態でしたが今…

驚愕の事実 剱山大権現縁起(阿波弁Ver)

ちょっと気にて調べてみれば驚きの連続だった剱山大権現縁起。こちらは明治十二年、神山村の三日月家(粟凡直一族)たる粟飯原氏によって記録されたものです。 何故に高越大権現の昔話を一宮大明神氏子が書いたのかはわかりませんが、書いている内容から推…

恩山寺は誰を祭祀しているのか?

四國八十八箇所霊場第十八番札所 恩山寺(おんざんじ)は、徳島県小松島市田野町にある高野山真言宗の寺院であります。母養山(ぼようざん)寶樹院(ほうじゅいん)と號し、本尊は薬師如来とされております。 それでは恩山寺の伝承を下記引用からご確認下さ…

船盡比賣命は木船ノ神(神山町阿野 船盡神社)

awa-otoko.hatenablog.com入田町の船盡比賣神社については全国の岐の神の元社とし、大宜都比売命の兄弟神「天 島(鳥:とり)船神」が祭神であると書きましたが、松浦年長が記した文書から捨て置けない内容を発見しましたのでご紹介します。(歯の辻 船盡神…

ヲカノカミはウカノカミ(板野町 岡上神社)

岡ノ宮といふ地名も岡上神社あるよりて屓ひし名か 又岡と云ふ地名ありて其処にある社なれば やがて岡上ノ神と申ししか其先後はしるべからざれど いづれ岡ノ上といふ地名も近き世に云ひ出せしこととも聞こえねば必今の社なるべし 又祭神を豊宇氣毘賣神なりウ…

阿波一宮城 明神丸は大宜都比売命の祠跡(一宮町 一宮神社)

今回は大宜都比売命繋がり続編ということで一宮神社です。 awa-otoko.hatenablog.com ところで「阿波志」を調べてましたら「弘法大師 山祇ノ神、宇賀女神、宇賀御霊神の三神を合わせて稲荷神として祭る」と書いてあります。 完全にスルーしてしまってました…

行基と空海 阿波での目的は?

行基(ぎょうき/ぎょうぎ、天智天皇7年(668年) - 天平21年 2月2日(749年2月23日)は、奈良時代の日本の僧。僧侶を國家機関と朝廷が定め仏教の民衆への布教活動を禁じた時代に、禁を破り畿內(近畿)を中心に民衆や豪族など階層を問わず広く仏法の教えを…

愛染院?藍染院か。(板野町 愛染院)

愛染院(あいぜんいん)は徳島県板野郡板野町に所在する高野山真言宗の寺院。山號は金鶏山。本尊は不動明王。別名那東のお不動さん。四國八十八箇所霊場第三番札所金泉寺奧の院。 御詠歌:まつが枝に 御ひかり照らす 金鶏の 佛を頼め たすけまします 伝承に…

神武天皇の神像を納めた練壺(太龍寺 南舎身ヶ嶽)

(南舎心ヶ嶽 神武天皇祠) ウィークデーなんで簡単に。 まぁ、そもそも備忘録のために始めたようなブログなんでいつものようにマイペースで投稿したいと思います。 (ロープウェイで那賀川を望む) 太龍寺縁起に曰「昔者神武天皇東征の際甲寅の年登山し給ひ…

雨乞いの宮(東みよし町足代 龍王神社、美濃田の渕)

今回は東みよし市の竜王神社。 この神社の雨乞いは必ず雨が降ったと伝えられております。 この地方には式内社「弥都波能売神社」が鎮座しておりました。しかし現在はその所在地が明確になっておりません。 <a href="http://awa-otoko.hatenab…

妙見菩薩となった天津甕星(阿南市 立江寺奥の院 取星寺)

羽ノ浦村大字岩脇にあり立江寺奥の院稱す、延暦中弘法大師惡星欀除の爲虚空持の秘宝を修し、大地に落ちたる惡星を當山に修め(什寳として珍襲す)、五大虚空蔵菩薩と妙見菩薩の二尊像を彫り、一宇を建立せらる、これ取星寺の權興なり、至徳年中讃州虚空蔵院…

大日寺は船盡神社の別当寺(大日寺、船盡神社、一宮神社、船盡比賣神社、麻能等比古神社)

(大日寺) 四国第十三番霊場である一宮町 大日寺は弘法大師の開基にして蕉中分國中寺の近くにあります。 (一宮神社) しかし大日寺は元来、神山町 船盡神社の別当寺であり、一宮神社の別当寺であった神宮寺の廃絶と共に現地に移動して一宮神社の別当寺とな…

山津波(木屋平村 剣山龍光寺)

昭和51年(1976)、台風17号が停滞して豪雨をもたらし、木屋平村の富士ノ池、谷の両側山腹の地滑りが著しく山津波となって垢離取川になだれ込みました。 斜面が崩壊することによって河川が堰き止められて湖ができることにより発生し、水がたまり続けて限界を…

磯輪上乃秀真国是阿波国也(舎心山 太龍寺縁起)

天長二年、空海教王護国寺の管長になりて三年、阿波国太龍寺縁起金剛遍照撰を修め、「阿波国那賀郡舎心山太龍寺天神七代之内六世面足尊煌根尊降居坐磯輪上秀真国是阿波国也」と阿波国太龍寺に一文を寄せた。 これは倭奴国面土国王を長の国(那賀郡)の大王面…