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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

神の坐す場所

大宜都比売命 八伴神の宮を探しだせ!!

神代に御馬に乗り給いて、八前の伴神を引率して本国に移らせ玉ひ、大麻比古、天日鷲命と共に一国経営の始めに粟を蒔き玉ひし神勲を以て御名を大阿波女神、八倉比賣命、田口大明神と申し、亦大宜都比売命と尊称奉る。大麻比古大明神、種穂大権現 粟耕作なさ…

三千世界が波打ったころ

今回は誰も知らない、本当にあったことさえもわからない忌部の民が活躍する前のお話。たまには記紀から少し距離を置いて考えてみてもいいかななど思いまして… 麻植郡の山塊や、傍らに流れる河川は太古の昔より大きな変化を伴いながら現在に至り、神代の昔、…

驚愕の事実 剱山大権現縁起(阿波弁Ver)

ちょっと気にて調べてみれば驚きの連続だった剱山大権現縁起。こちらは明治十二年、神山村の三日月家(粟凡直一族)たる粟飯原氏によって記録されたものです。 何故に高越大権現の昔話を一宮大明神氏子が書いたのかはわかりませんが、書いている内容から推…

弥吉明神の御神像

御神像の御姿は烏天狗を型取り赤銅によって造っていると伝えられている。顔は烏天狗で身体は座して合掌しており、身の丈は一寸内外。現在の明神町 大麻比古神社(おおまひこじんじゃ)の御本尊である。 この御神像は中世より一宮城主であった一宮一族に三百…

板野郡 地名の由来とコノハナサクヤヒメの繋がり

板野郡と云うは葦田野(イタノ)郡なり。根元である神宅村に吾田鹿葦津姫(イ(ア)タカシツヒメ)の神が坐す郡を以ってして郡の号となりしなり。 はい。板野郡は吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)が居た土地だから葦田野(イタノ)から板野(イタノ)郡になっ…

忌部本社の鎮座地はここだ!!

え~、過去に忌部神社の本社地をめぐって忌部系統の神社が「我、由緒ある本社地である。」と各々が名乗りを挙げて揉めに揉めた騒動が起きていたのはご存知でしょうか。 (知らない方は下の引用で確認してください〜。↓↓↓ ) 『延喜式神名帳』に載せる「阿波…

阿波が粟であるために

名西郡なる大粟山 國号起こりし由の古傳にありて 今猶大粟一谷の諸人とく知るところなり 粟を蒔き専ら御食功徳坐て御名を大宜都比売神亦の御名を大阿波女神と美称奉り 其粟を蒔き給ひし地を大粟山 亦名 粟生山と云ひ 国号を粟国と云伝ふ也 阿波国内には阿波…

阿波女社宮主祖系を探る… 粟国造家と粟国造館の秘密

阿波女ハ太粟姫尊ノ御事若室神ハ太粟姫尊の御子ニテ畠多神迄ヲ高皇産霊尊九世孫 千波足尼迄ヲ神ト記サル也 大宜都比売命の末裔は大宜都比売命の御子 若室神(葦稲葉神)より八代目の畠多神までが神とし、粟國造之祖八倉比賣神社宮主とされ、以降九代目の佐…

大宜都比売命の父は天手力男命

前回の続きです。 冒頭からトンデモないテーマで開始してしまいました。。。 さて、前回は「天石門別八倉比賣神社」は「天石門別豊玉比賣神社」だった旨を文書を基に簡単に紹介した訳でありますが、今回はこの結果に至った経緯を書いてみたいと思います。 …

阿波路の神々(淡路島)

タイミング的にエビスネタがHOTなのでしょうが、ここは敢えて全然関係ないテーマで進めたいと思います。短いお正月休みの中、バタバタしながら淡路島に行ってまいりました。ご存知とは思いますが「淡路(あわじ)」は「阿波路(あわじ)」の事でございます。…

2016年明けましておめでとうございます。

(2016年 元旦 初日の出)元旦は天石門別八倉比賣神社へ初詣。次に一宮神社へ。最後に上一宮大粟神社にご参拝。各神社に行くまでの道はまるで貸切。こんなにスイスイとクルマが進めたら大麻比古神社の初詣なんて考えられなくなります。(笑)たぶん今ごろ大…

天帯の宮リニューアル(不動町 雨降神社)

今按阿府志に南新居村にあり俗に雨降ノ宮と云 此神社に村民雨を祈事あれば前池より小蛇出て木にのぼる果して雨降ると云とみえ式社略考に同社の事を雨垂宮とあり古事記に海神の事を吾掌水ともみえその御娘なれば雨乞に由あり然れば雨垂の宮必豊玉姫なるべしと…

宇奈爲神社の祭神は建田背命?(宇奈爲神社)

今按阿府志に木頭谷奈井瀬村にあり 俗に十二社権現と號す奈爲ノ瀬村は宇奈爲の上略なり 此邑里正の先祖を木頭忌部正重と云 此家に康正年中の文書あり 當家は永禄年中 三好大状記に宇奈瀬殿と記せり 元亀の田文と云ものにも同じとあるもの宇奈爲神社所在と證…

天日鷲の神殿跡 青樹社(あおきのもり)

久しぶりの山崎 忌部神社です。 真後ろからパシャリ。 さて、大宜都比売命関係が続いたので今回は忌部関係で。(笑) 今回は知ってる人は前から知っているであろう青樹社(あおきのもり)がテーマ。 awa-otoko.hatenablog.com 山崎 忌部神社を東に出て谷に沿…

摂社からみた大麻比古神社 真の祭神(鳴門市大麻町 大麻比古神社)

阿波一宮 大麻比古神社御由緒 御祭神 大麻比古大神 猿田彦大神 神武天皇の御代、天太玉命の御孫天富命勅命を奉じて洽く肥沃の地を求め阿波国に至りまして、麻楮の種を播殖し麻布木綿を製して殖産興業の基を開き、国利民福を進め 給ひその守護神として太祖天…

五柱寄りて寄明神(一宮町 寄神社)

与利大明神 前に申通成助居城の鎮守ニ而御座候一宮城本丸の東北方約五〇〇メートルのところに「御殿居(おどい)」と呼ばれる平時に城主の居城がありました。南側と西側に狭くなった堀跡が譬田(たといだ)用水と呼ばれる農業用水となって残っております。…

忌部の神塚(吉野川市鴨島町麻植塚 麻植の神塚)

麻植塚には面積約五坪、高さ三尺位の古墳のようなものがあって「麻植の神塚」と呼ばれている。塚の上には今倉某の石碑が数基あって、付近の地名を塚西、塚東と呼び、忌部の氏人 今鞍進士(いまくらのしんし)の祖を祀った所と伝えられ、付近に今倉姓があり、…

奥野々大権現は高越大権現と表裏一体(山川町 奥野々山 奥野々神社)

(船窪ツツジ公園から剣山を望む) (手前が高越寺) 奧野々山(おくののやま)は、徳島県吉野川市にある剣山系の山である。標高1,159m。麻植郡山川町に聳える山であり、高越山の南側約3Kmのところに位置する。高越山と奥野々山の間には船窪ツツジ公園があり…

阿波一宮城 明神丸は大宜都比売命の祠跡(一宮町 一宮神社)

今回は大宜都比売命繋がり続編ということで一宮神社です。 awa-otoko.hatenablog.com ところで「阿波志」を調べてましたら「弘法大師 山祇ノ神、宇賀女神、宇賀御霊神の三神を合わせて稲荷神として祭る」と書いてあります。 完全にスルーしてしまってました…

大宜都比売命、伊勢までの足取り

いやぁ〜、参りました。。。 私的なことですが今迄阿波の神社巡りをした時の記録、写真データが消滅してしまいました。。。(苦笑)みなさんバックアップは確実にしておきましょうね。 という訳で急遽考えていたテーマを変更して、手前味噌ですが今回のテー…

大宜都比売命の御馬石(神山町 神領)

古より神石として尊信せるのみならず、その古伝と能く符号せるを見れば、即ち大宜都比売命の来臨の霊地にして、阿波の国 開開闢の原地と考えられるべし。 神山町神領 上一宮大粟神社から南にある丹生というところに神代から伝わっている「御馬石」というもの…

鷲の大山権現 明朝の鐘(宍喰町 大山神社)

(鷲の紋章は鷲住王を表す)(宍喰町 大山神社)讃岐国造、阿波国脚咋別、凡二族之始祖也とある鷲住王は宍喰町の山深い場所、大山神社で現在も祀られております。(大山神社 社殿内)(大山神社境内 神馬)まず、鷲住王は履仲紀に「六年二月癸丑朔、喚鮒魚磯…

鶴亀石(剣山山頂 つるきいし)

久しぶりのブログ更新です。(笑) お盆休み前にはちょっと大ネタを探っていましたが物的証拠が得られないままとなってしまい、少しブログからは遠退いていた訳なんですが…(八割は抑えているので近日中にお披露目できるかも) そんなこんなで大ネタの方は急…

祭壇があった神社(神山町上分川又 黒松大明神)

践祚大嘗祭の原形は神代 天の元山に於いて阿波のみで行われていました。践祚大嘗祭の記録は平安時代 醍醐天皇の御宇延喜十三年(九一三)に編録された延喜式 巻七に記されたのが唯一の文献となっていますが、この時代より千年以上も遡った記紀の神代から続い…

剣山 例大祭(剣山 宝蔵石神社)

今年もやってきました。剣山 例大祭。 でも起きてみたら 雨… 雨… 雨… とりあえず見ノ越まで行ってみようと車を走らせ、今年はリフトで西島駅まで登ります。 西島駅から大劔神社、御神水(おしきみず)までてくてく登り、口を潤してから一気に頂上まで登りま…

雨乞いの宮(東みよし町足代 龍王神社、美濃田の渕)

今回は東みよし市の竜王神社。 この神社の雨乞いは必ず雨が降ったと伝えられております。 この地方には式内社「弥都波能売神社」が鎮座しておりました。しかし現在はその所在地が明確になっておりません。 <a href="http://awa-otoko.hatenablog.…

スサノオを祀る八坂の元社(以の山編 加茂名 溶造皇神社)

以前にも紹介したことのある「溶造皇(ようぞうのすめら)神社」。それは元々「いのやま」に祀られておりました。 <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/12/18/005813" data-mce-href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/12/18…

大岩さん見ぃつけたぁ。(川島町峯八 雀嶽)

ちょっと前に二回も探索して見つけられなかった雀嶽(大岩さん)の場所を絞り込めたので、三回目の正直を信じて行って参りました。 <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2015/06/07/022102" data-mce-href="http://awa-otoko…

妙見菩薩となった天津甕星(阿南市 立江寺奥の院 取星寺)

羽ノ浦村大字岩脇にあり立江寺奥の院稱す、延暦中弘法大師惡星欀除の爲虚空持の秘宝を修し、大地に落ちたる惡星を當山に修め(什寳として珍襲す)、五大虚空蔵菩薩と妙見菩薩の二尊像を彫り、一宇を建立せらる、これ取星寺の權興なり、至徳年中讃州虚空蔵院…

大岩さんは浮島八幡宮の元地(川島町峰八 雀嶽 )

(雀嶽と推定していた大岩:詳しくは後述) 川島町桑村と学の境の山中に、世界でも珍しい「紅廉片岩」という美しく赤い大岩がある。この岩は今は「雀嶽(すずめだけ)」と呼ばれているが、大昔は「鈴連嶽(すずろだけ)」と呼び、川島郷と忌部郷の境界の目印…

神と鬼と龍がいた村(神山町)

今回は名西郡神山町のいい場所をご紹介。神山町は阿波の国そのものである「大宜都比売命」が降臨していた場所。さらには卑弥呼(天照大御神)、アジシキタカヒコネ、事代主命の后で天日鷲命の妹、阿波咩の伝承が残されている神が居住した地であります。今回…

素戔嗚命の歯(初臼山不動院)

爾に須賀の地に到り坐して詔りたまはく、「吾此地に来て、我が御心すがすがし」とのりたまひて、その地に宮を作りて坐しき。故、その地をば今に須賀と云ふ。玆の大神初めて須賀の宮を作りたまひし時、その地より雲高く騰りき。 ] 神山町の須賀山から峰続きの…

誓約の皇子達(八万町 王子祠、丈六町 熊野神社)

徳島市八万町には建速須佐之男命は天照大神の宇気比・誓約から生まれた五人の皇子、そのうち四人の皇子の祠が存在していたことが「八万村史」には記されています。 まずは五人の皇子が生まれるまでの簡単な経緯から。 伊邪那岐命(イザナギ)が建速須佐之男…

美保の姫神(富田八幡神社、瑞巌寺、天神社)

風速の 美穂の浦みの 白つつじ 見れどもさぶし 亡き人思へば 風早の 三保の浦わを 漕ぐ舟の 舟人騒ぐ 波立つらしも 風速の三穂の浦廻(うらみ)、風早の美保の浦曲(うらわ)。美保の崎に祀られていた神は風の強い美保の崎を廻った場所に鎮座していました。 …

天石門別八倉比賣神社の桜

【勝手に投稿150回記念】天石門別八倉比賣神社 本日の桜。たぶん今夜の嵐で散りましたね…

宇都志国玉神は不動に坐す(上鮎喰、不動町)

「その汝が持てる生太刀・生弓矢をもちて、汝が庶兄弟をば、坂の御尾に追い伏せ、また河の瀬に追い払いて、意禮(おれ)、大国主神となり、また宇都志国玉神となりて、その我が娘・須世理比売を嫡妻として、宇迦能山の山本に、底津磐根に宮柱布刀斯理、高天…

筑紫の日向の小戸の阿波岐原(阿南市 橘湾周辺)

「日本書紀」神代第五段によると、イザナギはまず粟の門(あわのみなと)、速吸名門(はやすいなと)で禊をしようとしたが潮流が速いため、「橘の小戸」で禊をすることになったとあります。 江戸末期の文献「阿波志」には、 「粟の門」は阿波の水門で阿淡の…

母衣暮露滝(美郷村)

奥野山権現(高越寺奥の院)のもとにあり、直下五十間もあるらし、幅三五尺宛の滝六流並び落つ、中程の所にて各厳に触れ分飛して九筋となる、激水の玉屑さながら嶛々たる山の腰に雲たなひくがごとくで、滝つぼの浪は花の散り積りたることなことならず、飛流…

命、延らえますよう…(天石門別八倉比賣神社)

天地初発より記される阿波国風土記を持っていた阿波。 阿波では古事記に登場する神代の神々が、それぞれの場所、それぞれの祭祀を行いながら今に伝承されてきました。 その中で天照大御神を拝する場合に限り、 「命延らえますよう… 」 と唱えるのが習わしで…

山脊の水主(讃岐 水主神社)

倭迹迹日百襲姫命、都の黒田宮にて幼き頃より神意を伺い、まじない、占い、知能の優れたお方といわれ、7歳のとき都において塵に交なく人もなき黒田宮を出られ、お船に乗りまして西へ西へと波のまにまに播磨灘、今の東かがわ市引田安堵の浦に着き、水清きとこ…

神の島(善入寺島 浮島八幡宮跡)

善入寺島は吉野川の河口から約30㌖付近にある広さが約500㌶の川中島です。 昔は「天日鷲(アメノヒワシ)命」が坐す神の島、「粟嶋」と呼ばれていた聖地であります。 その「粟嶋」、大正四年に吉野川の第一期改修によって遊水池として全島買収され、島の名前…

茶の神(茶神八幡神社)

上勝町 旭は「神田茶(じでんちゃ)の里」 脇道を上ると畑や石垣のすき間、山の急斜面から茶の木が見え、収穫時期には茶の香りが漂います。 上勝町旭の集落中心にはお茶の神様が坐すという「茶神八幡神社」が鎮座しております。 千年の昔から祭祀された「茶…

奇跡が起こる岩窟(慈眼寺 穴禅定)

慈眼寺(じげんじ)は徳島県勝浦郡上勝町に所在する高野山真言宗の寺院。山号は月頂山。詳しくは、月頂山 宝珠院 慈眼寺と号する。本尊は十一面観音菩薩。別名「穴禅定の寺」。四国八十八箇所霊場第二十番札所奥の院、四国別格二十霊場三番札所。 (慈眼寺 …

苔の世界(山犬嶽)

上勝町のほぼ中央に聳え、高丸山東方約5Km、S字形に東方へ延びる尾根上に位置する。頂上に早雲神社のあることから雲早山ともいわれ、頂上近くに大師堂のあることから大師山とも呼ばれる。山名の由来は、元禄14年に大崩壊があり、山頂の岩石が山犬の牙をむい…

太郎笈(剣山)

(剣山頂上付近 宝蔵石で撮影された昔の写真) (上の写真と同じ方向から撮影してみた) (絶好のコンディションで撮影した現在の宝蔵石) さて、当ブログも今回でやっと100投稿目。 節目には自分の特にお気に入りの場所を紹介したいと思っておりました。 今…

赤い滝 有り〼

最近は阿波古代史ネタばかりだったので久しぶりの滝ネタ。 今回は美波町にある「赤滝」へ行って参りました。 徳島方面から国道55号線に入り、日和佐に入ると「秘境 赤滝」と書かれた看板が目に入ります。 さらに県道289号線に入り、奥へ奥へと看板を頼りに進…

倭の魂ここにあり(倭大國魂神社)

倭大国魂神社の鎮座する阿波は倭の国であり、奈良は大倭坐大国魂神社の鎮座する大倭の国である。 奈良地方は、国生みの八番目に生み出された「大倭豊秋津嶋」と名付けられております。 豊秋津嶋とは「豊葦原の水穂国(天孫の治める国)」、「秋津嶋倭」の用…

高天原を考える (その2.天孫降臨)

【阿波国風土記逸文 アマノモト山】阿波国ノ風土記ノゴトクハ、ソラヨリフリクダリタル山ノオホキナルハ、阿波国ニフリクダリタルヲ、アマノモト山ト云、ソノ山クダケテ、大和国ニフリツキタルヲ、アマノカグ山トイフトナン申。 えー、前回では上の逸文から…

高天原を考える(その1.天の岩戸)

【阿波国風土記逸文 アマノモト山】阿波国ノ風土記ノゴトクハ、ソラヨリフリクダリタル山ノオホキナルハ、阿波国ニフリクダリタルヲ、アマノモト山ト云、ソノ山クダケテ、大和国ニフリツキタルヲ、アマノカグ山トイフトナン申。【伊予国風土記逸文 天山】伊…

太龍寺の不思議あれこれ

何かと年末の行事が忙しく、二三日投稿が滞ってしまいました… これと言っては何ですが、昔の文献から太龍寺の怪異を記した内容を入力してみましたのでご覧下さい。 舎心山 太龍寺は那賀郡加茂。扨其の後空海唐土天竺に渡り法を伝て帰朝有り、大師未だ高野山…