awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

神の坐す場所

もうひとつの幸福神社

はい、どうも。awa-otokoです。 以前にご紹介した、かなりキワモノ(失礼w)な神山町の幸福神社をご存知でしょうか。 awa-otoko.hatenablog.com ちょっと調べ物をしておりましたら偶然に見つけてしまっていたのです。もうひとつの「幸福神社」を… 是非とも参…

八つの劔を統括する剣山 八劔神社

はいどうも。awa-otokoです。なにかと忙しいので手短にいきますよ。(忙しいなら投稿するなよって⁈ ) さて、最近少し思うところがあって剣山に登ってきました。 日本書記にはニニギが高天原から葦原中国へ降臨する際、アマテラスから三種の神器を賜り、天磐…

高越寺の歴代住職達

さて、今回は高越山の高越神社とともに鎮座する高越寺の歴代住職の略歴についてちょっとずつですが触れたいと思います。但し自分用の備忘録としての記録なので気の利いたことは書いてないので悪しからず。(情報がない住職も含まれるけど文句は無しでお願い…

陽中の陰、陰中の陽(高越大権現の謎)

どうも。そろそろ何かを投稿しないとね… なんて感じで書いています。(苦笑) 今回はちょっと気になった高越大権現に関する古文書の内容から。中身は宗教絡みの小難しいことを書いているのですが、読んでいるうちにいろいろ引っかかる部分がでてきまして… (…

中鳥島 伊射奈美神社の元社跡に行ってきた☆

今は無人島になっている中鳥島。過去の大洪水から陸地より分断されて、なかなか島まで渡ることができませんでした。 年末年始にかけて中鳥島周辺の水量がひいているという情報を入手していましたところで、たまたま近くを通ったことでチャレンジしてきました…

2018 あけおめことよろ

(天石門別八倉比賣神社) 謹賀新年 明けましておめでとうございます。 (上一宮大粟神社) 新年さっそく阿波ノ国魂神 大宜都比売命の御祈祷を頂いてから粟神の神社 二社(上一宮大粟神社、天石門別八倉比賣神社)を参拝してきました。 忌部神は混雑が緩和し…

古代の呪術都市か⁈ 旧貞光町

お久しぶり。awa-otokoです。今までに詳細を投稿した友内神社と御所神社(御所平)を除いた旧貞光町の神社をご紹介したいと思います。 旧貞光町内は東西に分けた祭祀対象が設けられ、また時間軸が異なる古跡が重なり合っている興味深いエリアです。今回に限…

佐那河内の神社についての記録、御神宝いろいろ

今回は佐那縣こと佐那河内村を代表する神社の資料から伝説と神宝を駆け足でご紹介します。 (大宮正八幡大神宮だと⁈) 人皇四十二代文武天皇の御宇大寶三癸 卯年御神説有ニ依て第一本宮備前国宇佐宮より四十三代元明天皇和銅元戊申年二月初卯日佐那縣ニ宮柱…

児宮祭神 斎主命とは何者なのか?

あいも変わらず貞光忌部氏関連を調査しておりますawa-otokoでございます。 さて、「端山郷土史編纂要項」なる古書を読んでいたら「児宮神社本暦」の記載を見つけてしまいました。 なぜこのような重要なものが表に出ず埋もれていたのか不思議ですね。せっかく…

友内山 浮島とくしふる滝に行ってきた。

awa-otokoです。書ける時にまとめてブログを書いております。いやはや公では忙しい日々が続いておりますが、そんな時の休日の過ごし方はカラダをめいいっぱい動かすこと。 という訳で、最近課題が山盛りな友内山へ調査を兼ねて登山に向かったのですが、天候…

端山は母山の義なり(その弐)

はい〜。前回から端山付近について綴っております。続きでございます。 その前にトップの地図写真、アバウトな作りではありますが、なかなかよく見ると面白いのです。陵の位置が描いてあるだけではございません。まぁこの件は後ほど。 それでは本題を進めて…

端山は母山の義なり(その壱)

実に太古の話、四国の統名を伊豫というものと相通ず。伊豫は即ち祖の義なる母きか。祖谷山は親山の義。端山は母山の義なりと。蓋し祖志の説、進化せるものたり。 (吉良 御所神社) はい。今回は端山周辺のお話。冒頭に記した伝承に基づいて考察を進めて参り…

岡本監輔「祖志」にある高天原論

どうも。最近は忌部郷(穴吹、貞光、端山、一宇周辺)の説話や伝承に力を入れているawa-otokoです。今回はあの岡本監輔が明治二十三年に出版した「祖志」という書籍からの内容を紹介したいと思います。 (☝︎こちらが岡本監輔。) まず岡本監輔。こちらの御方…

讃州白峯廟から持って来た崇徳院を祀る白人宮⁈

七十七代後白川院ノ朝保元ノ乱ニ新院ノ軍破レテ讃州ニ還サレ玉ヒ藤原頼長家司藤内左衛門範景入道シテ蓮心法師ト号讃州ニ来リ白峯ノ御墓ヲ拝シ草庵ヲ結御菩提ヲ弔フ処河野大領高遠ヨリ障ルノ義アツテ 阿波ヘ移リ当寺ニ寄宿シ三ヶ峯ノ神社ニ新院ノ御霊ヲ神ト仰…

神殺しの舞台は焼山寺なのか?

天正三年五月一八日「宵ヨリ箒星出ル、其光如日月、同夜月無隈ニ大麻山ヨリ大船二艘虚空ヲ渡リ、焼山寺ノ嶺ニ掛リテ消ヌ」 “1575年の5月18日のことである。宵にホウキ星(彗星)が見えた。それは日や月の光と同じような明るさだった。その夜は月は無く、北東…

日知りと月読み(その参:今鞍進士と斎社の行方)

前回は「月読み」とは天体学などに長けたシャーマンの名称、美郷村月野に存在した「月読命の宮」こと「斎社」について述べました。今回は「斎社」のその後について自説を含めながら進めたいと思います。 今鞍氏が居住していた美郷村月野では「鎌倉屋敷」と称…

忌部伝承 二種の神器

ヤマト王権が確立してから宮廷祭祀を司った忌部氏と中臣氏。忌部氏は主に祭祀具の製造や調達、管理を行いながら宮殿の祈祷も中臣氏と共に担っていたのは皆さまもご存知の通りです。日本書紀には「中臣連の遠祖 天児屋命、忌部の遠祖 太玉命、相与に致其祈祷…

探せ‼︎ 剣山にある弘法大師が刻んだ法華経一字一石の塚

はい。今回はひっぱり過ぎが否めない剣山大権現縁起から。 (剣山大権現縁起の下書き) (全部は掲載しませんぜ。) 昔、安徳帝行在の砌陣営に用ひ給ひし事あり故に藤の池陣屋とも云ふなりと参詣者必ず此に宿す… と伝わる藤ノ池 龍光寺から一ノ森、剣山への…

土佐国一宮ト阿波國一宮ハ夫妻之御神ナル可シ。

都佐國造モ粟國造ノ如ク女祖神ニ仕へ奉ル欤亦ハ都佐㘴神社ニ並ヒテ溝杭姫命之御社モ在ル可キニ未タ聞カズ同郡朝倉神社ニ后神天津羽羽神鎮リ㘴スヲ見レハ都佐國造ハ 味鉏高彦根神后神天津羽羽神夫妻 ニ神ヨリ出タル系也(天津羽羽神 三嶋溝杭姫命共ニ味鉏高彦…

友内山は高千穂神山

友内大権現は旧郷社であり神饌幣帛料供社。創建年代不詳。友内山一名木綿麻山の頂上の近く、阿波忌部の祖神 天日鷲命を祀り古くから山岳信仰の対象とされてきた。中世には阿波守護小笠原氏や細川氏の崇敬社となり、藩政時代は友内大権現と称した。のちに友落…

☆★☆剣山山頂大祭だぜ★☆★

その昔は女人禁制の掟が固く守られていた剣山。錫杖や法螺貝を持つ先達に連れられた白衣の講組が六根清浄を唱えながら山崎から種野峠・燧峠を越えて二泊三日で登山していました。現在は穴吹・貞光からふもとまでのバスの便があり、夏季には貞光から見ノ越ま…

剣山で見つけた穴(アーク編)

今日は番外編。実は… 剣山調査中に穴を見つけてしまいました。いろいろな人が、いろいろな説から指し示しめした場所に穴が存在しますが、それとはぜんぜん違う場所にありました。 (これが件の穴な。)言っておきますが普通に見つけられる場所ではありません…

神領 粟国造の館考

大通寺正覚院ハ今上角名大通寺良藏院といふ院内一派の修験なり。一宮城主小笠原氏と縁を組し事今に此村に言伝あり。又小笠原氏隠居家なりといふ説もあり。 小笠原長宗が粟国造家の神録を強奪して一宮大宮司と称したことはこれまで拙ブログ記事でも紹介済み。…

箸蔵寺に隠された「箸:はし」とは何なのか⁉︎

はい。今回は三好の箸蔵寺。讃岐金毘羅さんとは深い深い関係にあって古より奥之院とされております。(結構距離が離れているのにね。) ちなみにawa-otokoは大國主命と少彦名命が伊豫国の道後温泉への行幸途中に立ち寄った場所の一つが箸蔵寺だと考えていま…

劔の山 不動明王スサノヲ伝説

剣山の明神は、木屋平の龍光寺と祖谷の圓福寺両別當の相持ちにて社も大剣小剣の二に分れたり。村人は此神を安徳天皇の御剣なりと云傳ふれど、正しくは忌部神なるべし。さて此剣山の祭禮に山村の女子が白粉をよろほひて、其の上に紅を以つて額又頬に十の字を…

鈴ヶ峰に空海が祀ったのは本当に聖観音だったのか?

(聖観音像が見つかった岩屋) 阿波の南、海部郡宍喰町鈴ヶ峰円通寺の観音様伝説はご存知でしょうか。 慶安三年の頃、櫛川村(旧川西村大字櫛川、鈴ヶ峰北側ふもと)に五良兵衛という猟師がいた。毎日各所の山を駆け巡って獲物を狩る腕利きの猟師として名を…

木地師と修験者の聖地

一宇村の中心である古見から片川谷沿いに林道を進めば木地師の集落 木地屋に行き着く。海抜800から1000㍍の急斜面を耕す住民、その先祖は昔盆や椀の木器をつくる木地師であった。半田漆器の材料を製造していたが、大正時代の末に半田塗りがすがたを消すと和…

古代の女神達を鎮めた川除大明神と龍王

(字が見えにくい〜。) 川除けとは堤防のことである。川除大神宮は龍蔵堤の守り神として祀られたものである。西から流れ来た吉野川とその支流、新宮川(現在の神宮入江川)はこの付近ではほぼ直角に流路を転じ、北流していた。このため徳島城下を洪水から守…

阿波で相伝される宇豆売の舞

鳴門の撫養(岡崎城)跡に鎮座する妙見神社に参拝した折、太々神楽を間近で見学することができました。今回は伝承を絡めながら紹介したいと思います。 まずは鳴門妙見神社のご紹介から。 撫養に没した室町幕府10代将軍 足利義植が妙見尊星を勧請し社殿を造営…

水都 徳島 : 渭水の役割

徳島城はJR徳島駅の北側にあり、徳島市の中心部に位置する。吉野川河口付近の中洲に位置する標高61メートルの城山に築かれた山城と城山の周囲の平城からなる、連郭式の平山城である。渭山城・寺島城この地は鎌倉時代より伊予国地頭の河野氏が支配していた。…