awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

板野郡

愛染院?藍染院か。(板野町 愛染院)

愛染院(あいぜんいん)は徳島県板野郡板野町に所在する高野山真言宗の寺院。山號は金鶏山。本尊は不動明王。別名那東のお不動さん。四國八十八箇所霊場第三番札所金泉寺奧の院。 御詠歌:まつが枝に 御ひかり照らす 金鶏の 佛を頼め たすけまします 伝承に…

ダレノ墓 あま塚(里浦町 あま塚)

里浦村城ヶ峯の麓老松の下にあり、元禄年間の改築にかかる花崗石の五重の塔は、名のみの一小宇僅かに之を蔽ひ、塔側には小庵ありて香華をひさぐ、あま塚は海士塚にて男狭磯の墓と云ひ、或は尼塚にて清少納言の墓と稱し、後者につきては殊に牽强府會の説を傅…

漁業の神 ゑびす大明神(飯谷 杉尾神社)

我が国の漁業は九州地方から発達したと考えられていますが、博多の中州、長崎と五島に漁業関係者が集まったのは日清戦争以後。これは阿波国の南方漁民が移住して漁業を開拓したことが始まりなのです。日露戦争の時にも九州の人では漁業ができずに阿波漁民が…

王の中の王(宇志比古神社)

阿波で現存する神社本殿では最古にあたる宇志比古神社。2000年に国の重要文化財に認定されております。社殿は少し奥まった板野郡大谷の山際に鎮座しています。創祀年代は不詳。式内社・宇志比古神社の論社の一つで、天正年間(十六世紀末)長曽我部元親の乱…

意祁と袁祁とで意袁祁島(鳴門市大毛島)

今回のテーマにある、意祁(おけ)王と袁祁(おけ)王の兄弟を知らない方もいると思われるので簡単な説明を掲載しておきます。 意祁王(のちの仁賢天皇)と袁祁王(のちの顕宗天皇)の兄弟は安康天皇3年に父の市辺押磐皇子が雄略天皇に殺されると共に逃亡し…

神功皇后の名残り(宇弥宮、住吉大明神、住吉神社)

神功皇后に絡むテーマはこれで二回目の投稿。多分に被るところがありますが平にご容赦を。(^_^;) <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/11/25/235954" data-mce-href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/11/25/235954">海人族の神々(住吉神社) - awa-otoko’s blog</a> 海人族の神々(住吉神社) - awa-otoko’s blog それではサクサクと話を進めていきましょう。(^O^) 神功皇后は神…

目弱王の変(天円山)

ちょっと今回は説明しにくいかも… という逃げを冒頭から申し上げておきます。(^_^;) 目弱王(まよわのおおきみ、允恭天皇39年(450年) - 安康天皇3年(456年)8月)は、記紀に伝えられる5世紀頃の皇族(王族)。父は大日下皇子(おおくさかのみこ。仁徳天皇…

武内宿禰は尊称(高良神社、武威神社)

阿波井大明神の鎮座する内海(うちのうみ)が神代より近世に至るまでも有名な阿波水軍の一大根拠地。 その根拠地で生まれついて以来、水軍大将の位置にあった武内宿禰。 【武内宿禰】(景行天皇14年 - 没年不詳)は、記紀に伝わる古代日本の人物。『日本書紀…

笥飯宮(板野町 気比神社)

板野郡板野町中久保に鎮座します気比神社。 祭神は仲哀天皇(日本武尊の第二皇子)「足仲彦天皇(たらしなかつひこすめらみこと)」 「日本書紀」仲哀天皇二年二月条に、「角鹿(つぬが)に幸す。即ち行宮(かりみや)を興てて居(ま)します。是を笥飯宮(…

大富彦って…(大富彦神社)

藍住町東中富字傍示に鎮座する「大富彦神社」です。創建は不詳。祭神は犬伏左近霊とされております。 犬伏左近とは中世 阿波三好家の被官。 300貫の知行を取っていたが長宗我部元親の進攻(中富川の戦い)で討ち死しております。 後世に犬伏左近の子孫が当社…

豊国法師 阿波での活動(亀山神社と阿王塚山)

(阿王塚山 不動尊堂内)桜間(佐久良末(さくらま))池の周辺に宮を定めた用明天皇の遺体を伊太乃 亀山に移し替えた聖徳太子。移し替えた場所は板野郡板野町大寺の阿王塚山。この弔寺として建立されたのが大寺。往古は全域がこの寺の寺内、当時の日本国最…

日本一の五百羅漢(地蔵寺 奥之院 羅漢堂)

板野郡矢武村にあり。別当寺は庄厳院 地蔵寺。当寺は弘法大師の遺跡にして一本寺なり。此山に往古より羅漢原とてありける。去る宝暦の頃より願主ありて檀信を十方にもとめ、日あらずして広大の精舎を創建せり。此辺に筆塚とて古跡あり。 (阿波名所図会より…

草の神から稲の神へ(鹿江比賣神社)

「古事記」では鹿屋野比賣神、「日本書紀」では草祖草野姫(くさのおやかやのひめ。草祖は草の祖神の意味)と表記し、『古事記』では別名が野槌神(のづちのかみ)であると記している。神産みにおいて伊弉諾尊(いざなぎ)、伊奘冉尊(いざなみ)の間に生ま…

蛇と鴨(登美の那賀須泥毘古)

【長髄彦: 登美の那賀須泥毘古(トミノナガスネヒコ)】(もののけ姫のアシタカはナガスネヒコがモデル)登美夜毘売(トミヤヒメ)、あるいは三炊屋媛(ミカシキヤヒメ)ともいう自らの妹を、天の磐舟で、斑鳩の峰白庭山に降臨した饒速日命(ニギハヤヒノミ…

阿波に存在した「淡海の大津宮」

さて、突然ですが天智天皇が造営した淡海の大津宮とはどこにありますか?と質問するとしましょう。 「滋賀県大津市… 。」と答える方がほとんどでしょう。通説ですからね。その淡海の大津宮が阿波に存在するとしたら… 今回のテーマは「阿波に存在した天智天皇…

白檮原宮は土成町 樫原神社

神倭伊波礼比古命(かむやまといわれひこ) 後の神武天皇は白檮原宮(かしはらのみや)で即位しますが、阿波では土成町樫原で即位されたのではないかとされています。 神武天皇 - Wikipedia 阿波の樫原神社は創建年代は不詳の古社。天保十二年(一八四一)の…

薬王子大権現は古の医療の神(薬王子神社)

「吾をば倭の国の青垣の東の山に拝き奉れ」と答へいいたまひき、こは御諸山の上に坐す神なり。 式内「倭大国魂神社」が奉られる美万城(みまき)の東、御所村の御所山に「薬王子大権現」は祀られています。 「倭の青垣の東の山」とは「倭大国魂神社」が祀ら…

瓶(かめ)大明神(瓶浦神社)

往昔鳴門の海より大亀の脊に載せ来りと云赤色の水瓶さかさまに打覆ひたる中に龍神垂跡し給ふなり、此の瓶に汚穢不浄の輩来り触れ或は不敬をいたせば忽風雨することよく人の知るところなり、伝へ云、むかし旱魃の時近村の農民とも雨乞にとて来て此のお瓶を擲…

アキノカミはウカノカミ(大元大明神)

板野郡 明神(アキノカミ)村に大明神と申す神社あり、今は大元大明神と申せり、祭神は国常立尊なり天正年中に兵火にかかり、社殿の焼亡、その後再興したと古老云、当社は往古阿波国に鎮座ましまし境内に大樹多く有りける、或時彼国君の命に依て国中の山林及…

海人 柿本人麻呂(里の蜑)

後鳥羽院文治三末年三月十八日 人麿影供の御会を行はせ給ふ、藤原信実時の妙手にて勅を奉(うけたま)はりて画きしとなむ、其の時此の里の海人に命せられ御料用の品物を捧げしとぞ、其の遺風にや今も此の浦人 海草、蛤の類を取りて他所に持出て売ありくなり…

海人族の神々(住吉神社)

文治元年(1185)、源平合戦の折、屋島に集結した平家討伐に向かう源義経の軍は阿波勝浦に上陸、藍住町の南岸にやってきた。吉野川の水が溢れ渡れないでいると、里人がやってきて対岸の海の神「住吉大明神」に祈念するように勧めた。その忠告に従い祈念する…

空位の神社(阿波神社)

鳴門市大麻町池谷に鎮座しております「阿波神社」です。まずは阿波神社の略記などご覧くださいませ。【阿波神社 略記】 阿波神社は、第83代 土御門天皇を御祭神として奉祀致しております。土御門天皇は、第82代 後鳥羽天皇の第1皇子(御諱為仁親玉)として、…

湯蓋の森(春日部ノ屯倉)

日本書紀 安寧天皇の御巻に云、二年五月丙午朔甲寅置阿波国春日部屯倉云云、この屯倉何所ともしるべからずといへど、板野郡に春日といふ地ありて、そこに春日明神を祀れり、又社のあたりに楠の木のめくり十二三間許なる大木ありこれ若屯倉ありし所なりしを春…

黒岩大権現は「大山住大明神」(仏王山 大山寺)

板野郡上板町の大山に所在する大山寺。 知るひとぞ知る、大きな秘密が隠された寺です。(答えは題名に書いてしまっていますが… ) 大山寺 (上板町) - Wikipedia まず、阿波の古代史を知るうえでほとんどの方が一回は目を通す(と思われる)「道は阿波より始…

御所神社は土御門上皇を祀るのか?(御所神社)

徳島県阿波市土成の宮川内(みやごうち)には土御門上皇にまつわる伝承が多く残されています。そして宮川内には御所という地名があり、その場所には御所神社が鎮座しています。 土御門上皇の御所があったから地名も「御所」って訳ですね。 ☝︎土成町 史跡 土…

あまがつぶ(天円山、天津神社、葛城神社)

「天円山(あまがつぶやま)」は、徳島県鳴門市にある山。別名は天ヶ津峰(あまがつみね)、天ヶ円。 地元民からは「あまがっつぁん」と呼ばれています。「天円山」の山腹には「猿の墓」と「猟師の墓」と呼ばれるお墓があり(お墓は古墳のうえ)、山頂には「…

九王野明神(九王野神社)

阿波郡市場町日開谷字根来一 祭神は伊弉諾命 創建年代は不詳 九王野明神は疱瘡や雨乞いの霊験があるとされ、賀越白山系の九頭竜を祀る権現山だそうです。 江戸初期までは九王野山の尾根は阿讃の要路として栄え、飛蔵権現ー九王野明神の参道、また日開谷川沿…