awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

板野郡

三好長治自刃の地、今 長原と呼ばるるなり。

三好長治(みよし・ながはる)1553~1577 三好一族。三好義賢の子。十河存保の実兄。幼名は千鶴丸。通称は彦次郎。阿波守。阿波国勝瑞城主。母は阿波守護・細川持隆のもと側室で、大形殿とも小少将とも呼ばれた女性である。母母三好義賢と深い仲になり、天文…

阿波三好氏は住吉神社の祭官家

阿波三好家は清和天皇からの出自で本姓は源氏である。阿波国との関わりは、小笠原長清が承久の乱に源頼朝に従い阿波の守護に補せられたことから始まる。三好家は名門小笠原氏(信濃源氏)の庶流とされ、鎌倉時代に阿波守護であった阿波小笠原氏の末裔であり…

阿波で相伝される宇豆売の舞

鳴門の撫養(岡崎城)跡に鎮座する妙見神社に参拝した折、太々神楽を間近で見学することができました。今回は伝承を絡めながら紹介したいと思います。 まずは鳴門妙見神社のご紹介から。 撫養に没した室町幕府10代将軍 足利義植が妙見尊星を勧請し社殿を造営…

御諸(ごしょ)の大墓宮と吹越大明神の謎

現存する處の一條五條七條の村名は、御所を設くるにつき京都の御所に倣ひて一條より七條まで定めし者の残れる傳なり。一條五條七條は大墓宮と傳ふ。 Facebookにて独り言として掲載した文ですが、実は続きがありました。「御所屋敷の南方にあり大墓宮は土御門…

秋月氏は粟国造粟凡直の一族

秋月村光勝院址の西方にあり。細川頼春の築く處にして季子詮春これに居る、後勝端に移るに及び秋月中務太夫居住せり。 秋月城(あきづきじょう)は、室町時代の阿波国阿波郡秋月庄(現在の徳島県阿波市土成町秋月)にあった日本の城。阿波市指定史跡とされて…

吉野五条祠は土成高尾 熊野の元社

永禄元年(一五五八)に大旱魃が起り、七条城城主 七条兼忠が宮川内谷で雨乞いをした。ところがこの地域の宮川内谷川流域は年々水害が甚だしいために兼忠は五条城主 高志下野守、西条城主 西条監物と相談し、五条神社を土成村高尾の熊野神社へ遷座した。その…

デジャブで勧請かよ⁉︎ 鳩の原八幡宮‼︎

承平四年(九三四)、阿波国の国司になった藤原国風が巡視する際に八幡大神の御前で白鳩が群れ遊んでいる夢をみたという。当地までやってくると夢と同じ光景が眼前に繰り広げられてひじょうに驚き、都より岩清水八幡大神の御分霊を奉迎し、二百歩四面を画し…

吉野に存在した悪女と戎の城

西条戎台上に高櫓あり。その周囲に館構にて東西二百歩、南北百五十歩、その内外に濠を巡らし大樹あり、櫓の高さは弐丈五尺(約七、五㍍)ありき。 阿波市吉野町、阿波九城に含まれた西条東城 別名 戎城(えびすじょう)であります。築城年は貞和二年(1364年)…

安閑天皇を祀る飛蔵宮

土成町宮川内の奥に飛蔵山(ひそやま)という山がある。飛蔵山は御祭神として第二十七代 安閑天皇を奉斎する吉野神社が古くから鎮座していたと伝わる。吉野神社は神仏習合の時代に飛蔵宮(ひそみや)または蔵王権現と改称され、山伏をはじめとする修験道の一…

バンザイ板西城 栖養の里には何がある?!

榮村古城にあり、藤原師光の六男、近藤六親家の築く處たり、源義經勝浦尼子浦に上陸するや親家東道となりて功あり、親家子なし乃ち赤澤兵庫守を養うて嗣と爲し、城を讓りて自らは勝浦郡新居見の山上に隠棲す、世に之を板西殿と稱す。宗定また子無く城廢す、…

三社だった大麻比古神社

阿波名勝案内大麻比古神社の項には本来三社によって祭祀していたと記載されています。記述によればその他にも境内社や摂社も現状とは差異が見受けられることがわかり、これはある時期に何らかの手が加えられたことが推測できます。往古の記録と現状との差異…

阿波井神社で隠れている神

阿波井神社(あわいじんじゃ)は徳島県鳴門市瀬戸町堂浦に鎮座しています。 堂浦地区と小鳴門海峡を挟んだ対岸の島田島南部にあり、クスノキをはじめとする各種の古木に全山が覆われた中に社殿が建立されています。 神殿は元々、この山の背面にあたる内海に…

阿波三國説から出てきた様々な推測

以前に粟、長、麻植の起りを投稿をまとめた内容です。 もちろんソースの古文書は転載しましたが、とてもめんどくさいので訳してません。それでも良ければ読んでみて下さいね。(≧∇≦) 上古當国は大きく三國に分かれ有りしなるたし。即ち粟と云う縣、麻植と云…

六人の天日鷲命

久しぶりの投稿です。やっぱり文字入力するのが面倒で面倒で。。。(笑笑笑 ) さて前回の続き?(でもないけれど)忌部神について書いていきます。阿波国の他にも伊勢国、安房国・関東一円に分布し御鎮座された神 天日鷲命。なかなか実体が掴めない神だと思…

犬伏左近と犬伏城。主人赤沢信濃守も全部調べてしまえ!!

犬伏塚穴松坂村犬伏諏訪神社の裏に當り雑樹欝然たる丘陵あり、其西邊に塚穴あり、南に向ひ北に延ぶ、入口廣く中程は稍狭くなりて、室の隔てらしく奥の室又廣し、其室の極まる處一坪有餘の青石を建てて土の崩落を防げり、内部両側は總て天然石の方形なるもの…

田口氏の祖先は武内宿禰!?

或記に云、武内宿禰之後胤阿波真人広記(天智天皇御宇の人)十二代之後孫阿波助国風(朱雀天皇御宇之人)其の子桜間文治行直其後十代桜間外記太夫良連子無為以甥良遠子桜間助是也而良遠之兄成良阿波民部号勝浦郡之城主也 成良之子伝内左衛門成直(一名教良)…

不思議な亀(瓶)のつながり

神山町下分の宇佐八幡の対岸には大石がある。現在は宇佐八幡に合祀されているが、かつて下分に大岩神社と呼ばれた社があった。この神社はもともと上分の奥屋敷で祭祀されていたが大水のために流出し、そのとき瓶に入れていた神器が漂着したのがこの石である…

石之日売命は嫉妬に狂ったのか?

(大坂峠から奈仁輪を望む) 「奈仁輪(なにわ)」とは、志度岬、小豆島、淡路島、鳴門に囲まれた海辺の総称。 おしてるや 難波(なにわ)の崎よ 出で立ちて 我国見れば 淡島(あわしま) 自凝島(おのごろしま) 檳榔(あぢまさ)の島も見ゆ 放(さけ)つ島…

天智天皇はフェイク!? 葛木男神の影…

(阿州北灘葛城大明神縁起) 謹みて按ずるに天智天皇は葛城皇子と申し、又、中大兄皇子とも申し奉りしなれば葛城大明神と號し奉ること其故あるべし 昔々、天智天皇が讃岐國八島(屋島)へ御幸の御時、粟田村に御船がかかり、とある池の鮒を釣りしようとされ…

弥吉明神の御神像

御神像の御姿は烏天狗を型取り赤銅によって造っていると伝えられている。顔は烏天狗で身体は座して合掌しており、身の丈は一寸内外。現在の明神町 大麻比古神社(おおまひこじんじゃ)の御本尊である。 この御神像は中世より一宮城主であった一宮一族に三百…

大地震並夏雪事

そろそろ南海地震に備えておいた方がいいかもしれません。「太平記」巻第三十六には地震と夏雪の記録が残されております。軍記物語ゆえに文学的、誇張的表現、あるいは不正確な記述も見られるが、阿波雪湊(由岐)の津波の存在は事実とされる… とのこと。恐…

板野郡 地名の由来とコノハナサクヤヒメの繋がり

板野郡と云うは葦田野(イタノ)郡なり。根元である神宅村に吾田鹿葦津姫(イ(ア)タカシツヒメ)の神が坐す郡を以ってして郡の号となりしなり。 はい。板野郡は吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)が居た土地だから葦田野(イタノ)から板野(イタノ)郡になっ…

大麻比古神は何者?

大阿波女神は当国開闢の大神あらせしなりにて経営の初は粟を蒔き給いし神勲も有り給う由は此の姫紛れなきなり 天日鷲神も大阿波女神も御兄弟なる由動かざる考えなり 按ずるに阿波女神、天日鷲神、大麻比古神 この三神は同系の神等なり 引き続き大宜都比売命…

阿波が粟であるために

名西郡なる大粟山 國号起こりし由の古傳にありて 今猶大粟一谷の諸人とく知るところなり 粟を蒔き専ら御食功徳坐て御名を大宜都比売神亦の御名を大阿波女神と美称奉り 其粟を蒔き給ひし地を大粟山 亦名 粟生山と云ひ 国号を粟国と云伝ふ也 阿波国内には阿波…

ヲカノカミはウカノカミ(板野町 岡上神社)

岡ノ宮といふ地名も岡上神社あるよりて屓ひし名か 又岡と云ふ地名ありて其処にある社なれば やがて岡上ノ神と申ししか其先後はしるべからざれど いづれ岡ノ上といふ地名も近き世に云ひ出せしこととも聞こえねば必今の社なるべし 又祭神を豊宇氣毘賣神なりウ…

稲荷神にして合体神 - 葦稲羽の神(神山町 若宮神社・稲荷大明神)

神山町 神領を通る国道438号線沿いにひときわ鮮やかな朱の鳥居がございます。 幼少の砌、車に乗せられて神山町を走る最中に「何故こんな場所にお稲荷さんがあるんだろうか?」とふと考えたことがあります。それから数十年、長い歳月を経て、この地になぜ「…

摂社からみた大麻比古神社 真の祭神(鳴門市大麻町 大麻比古神社)

阿波一宮 大麻比古神社御由緒 御祭神 大麻比古大神 猿田彦大神 神武天皇の御代、天太玉命の御孫天富命勅命を奉じて洽く肥沃の地を求め阿波国に至りまして、麻楮の種を播殖し麻布木綿を製して殖産興業の基を開き、国利民福を進め 給ひその守護神として太祖天…

大宜都比売命、伊勢までの足取り

いやぁ〜、参りました。。。 私的なことですが今迄阿波の神社巡りをした時の記録、写真データが消滅してしまいました。。。(苦笑)みなさんバックアップは確実にしておきましょうね。 という訳で急遽考えていたテーマを変更して、手前味噌ですが今回のテー…

葦稲葉神社は本来どこに鎮座していたのか(上板町神宅)

(地図★印が葦稲葉神社元地(推定)) かつては宮谷川と大山谷川に形成された扇状地の頂点、大山畑 芽野原に葦稲葉神社は鎮座していました。しかし山崩れで社殿は倒壊。 扇状地下端の宮ヶ谷川河畔に鎮座していた鹿江姫神社に遷座されてしまいました。 さらに…

武内宿祢の屋敷と造船所(上板町 舟ノ本、矢武八幡神社)

大山村 西分字池田に古来船の本と稱し、船の如き形を為せる土地(三畝十二歩)あり、雑草繁茂するも若し鍬を入れる時は神罰が蒙るべしとて其ままに在置しあり。口碑傅ふる處によれば山城男山八幡宮の山下に武内大臣の社あり、船の形に擬して作れり、船の本ま…