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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

大宜都比売命と壹與と乃良根公と。

今回は私の稚拙な想像レベルの話ではなく、毎回キレッキレの考察でとてもわかりやすい"乃良根公(のらねこぶるーす)氏"の文言を借りて話を進めさせて貰います。 http://blogs.yahoo.co.jp/noranekoblues 乃良根公氏が綴る超有名blog 「空と風」。 阿波古代…

高越大権現と一宮大明神の争いから大宜都比売命の移動を探る(麻植郡 高越山・名方郡一帯)

さて、今年も残すところあとあとわずかになってしまいました。今年最後の投稿になります。 (高越大権現 奥の院 蔵王権現) 伊射奈美神社高越大権現役ノ小角此峯ニ升リ伊弉冉神社ノ側ニ金峯山蔵王権現ヲ勧請有テヨリ河原吉野川□ト云フト此神ヲ役小角祭リ玉…

船盡比賣命は木船ノ神(神山町阿野 船盡神社)

awa-otoko.hatenablog.com入田町の船盡比賣神社については全国の岐の神の元社とし、大宜都比売命の兄弟神「天 島(鳥:とり)船神」が祭神であると書きましたが、松浦年長が記した文書から捨て置けない内容を発見しましたのでご紹介します。(歯の辻 船盡神…

船戸の盡(はて)〜(一宮町 船盡神社)

一宮祠の東百八十歩 船渡神あり 或は以て船盡と為す是なり三代実録貞観十四年十一月二十九日従五位を授く、旧事記云ふ島之石楠船神又の名は天島船神、大宜都比売命の兄弟也 船戸の神、即ち「岐(き)ノ神」についての解釈は難しく、時間的・空間的に拡散して…

ヲカノカミはウカノカミ(板野町 岡上神社)

岡ノ宮といふ地名も岡上神社あるよりて屓ひし名か 又岡と云ふ地名ありて其処にある社なれば やがて岡上ノ神と申ししか其先後はしるべからざれど いづれ岡ノ上といふ地名も近き世に云ひ出せしこととも聞こえねば必今の社なるべし 又祭神を豊宇氣毘賣神なりウ…

稲荷神にして合体神 - 葦稲羽の神(神山町 若宮神社・稲荷大明神)

神山町 神領を通る国道438号線沿いにひときわ鮮やかな朱の鳥居がございます。 幼少の砌、車に乗せられて神山町を走る最中に「何故こんな場所にお稲荷さんがあるんだろうか?」とふと考えたことがあります。それから数十年、長い歳月を経て、この地になぜ「…

大宜都比売命直系 阿波女社宮祖系を追え!(一宮町 一宮神社、国府町 天石門別八倉比賣神社)

最近、大宜都比売命にいろんな意味でハマっております。 一宮神社には「阿波女(あわめ)社」国造家の系図が所蔵されていたとのことで、「阿波女社宮主祖系」を取り入れた「粟国造粟飯原家系図」が残されております。これには積羽八重事代主神の后神として…

五柱寄りて寄明神(一宮町 寄神社)

与利大明神 前に申通成助居城の鎮守ニ而御座候一宮城本丸の東北方約五〇〇メートルのところに「御殿居(おどい)」と呼ばれる平時に城主の居城がありました。南側と西側に狭くなった堀跡が譬田(たといだ)用水と呼ばれる農業用水となって残っております。…

奥野々大権現は高越大権現と表裏一体(山川町 奥野々山 奥野々神社)

(船窪ツツジ公園から剣山を望む) (手前が高越寺) 奧野々山(おくののやま)は、徳島県吉野川市にある剣山系の山である。標高1,159m。麻植郡山川町に聳える山であり、高越山の南側約3Kmのところに位置する。高越山と奥野々山の間には船窪ツツジ公園があり…

阿波一宮城 明神丸は大宜都比売命の祠跡(一宮町 一宮神社)

今回は大宜都比売命繋がり続編ということで一宮神社です。 awa-otoko.hatenablog.com ところで「阿波志」を調べてましたら「弘法大師 山祇ノ神、宇賀女神、宇賀御霊神の三神を合わせて稲荷神として祭る」と書いてあります。 完全にスルーしてしまってました…

鷲の大山権現 明朝の鐘(宍喰町 大山神社)

(鷲の紋章は鷲住王を表す)(宍喰町 大山神社)讃岐国造、阿波国脚咋別、凡二族之始祖也とある鷲住王は宍喰町の山深い場所、大山神社で現在も祀られております。(大山神社 社殿内)(大山神社境内 神馬)まず、鷲住王は履仲紀に「六年二月癸丑朔、喚鮒魚磯…

葦稲葉神社は本来どこに鎮座していたのか(上板町神宅)

(地図★印が葦稲葉神社元地(推定)) かつては宮谷川と大山谷川に形成された扇状地の頂点、大山畑 芽野原に葦稲葉神社は鎮座していました。しかし山崩れで社殿は倒壊。 扇状地下端の宮ヶ谷川河畔に鎮座していた鹿江姫神社に遷座されてしまいました。 さらに…

鶴亀石(剣山山頂 つるきいし)

久しぶりのブログ更新です。(笑) お盆休み前にはちょっと大ネタを探っていましたが物的証拠が得られないままとなってしまい、少しブログからは遠退いていた訳なんですが…(八割は抑えているので近日中にお披露目できるかも) そんなこんなで大ネタの方は急…

祭壇があった神社(神山町上分川又 黒松大明神)

践祚大嘗祭の原形は神代 天の元山に於いて阿波のみで行われていました。践祚大嘗祭の記録は平安時代 醍醐天皇の御宇延喜十三年(九一三)に編録された延喜式 巻七に記されたのが唯一の文献となっていますが、この時代より千年以上も遡った記紀の神代から続い…

高良(甲羅)峯に行ってきた☆(以の山編 上鮎喰 高良峯)

武内宿禰、阿波では高良明神(こうらみょうじん)と呼ばれます。この人の葬陵が以乃山(眉山)の西にある高良峯(こうらみね)にあったがゆえの呼び名であります。武内宿禰の古陵(と伝わる場所)は眉山カントリー内の八人塚古墳の峯続きにある四世紀に造営…

妙見菩薩となった天津甕星(阿南市 立江寺奥の院 取星寺)

羽ノ浦村大字岩脇にあり立江寺奥の院稱す、延暦中弘法大師惡星欀除の爲虚空持の秘宝を修し、大地に落ちたる惡星を當山に修め(什寳として珍襲す)、五大虚空蔵菩薩と妙見菩薩の二尊像を彫り、一宇を建立せらる、これ取星寺の權興なり、至徳年中讃州虚空蔵院…

山津波(木屋平村 剣山龍光寺)

昭和51年(1976)、台風17号が停滞して豪雨をもたらし、木屋平村の富士ノ池、谷の両側山腹の地滑りが著しく山津波となって垢離取川になだれ込みました。 斜面が崩壊することによって河川が堰き止められて湖ができることにより発生し、水がたまり続けて限界を…

漁業の神 ゑびす大明神(飯谷 杉尾神社)

我が国の漁業は九州地方から発達したと考えられていますが、博多の中州、長崎と五島に漁業関係者が集まったのは日清戦争以後。これは阿波国の南方漁民が移住して漁業を開拓したことが始まりなのです。日露戦争の時にも九州の人では漁業ができずに阿波漁民が…

義人の社(石井町 五社神社)

今回は記紀の物語に関係ない神社の紹介となります。 石井町に鎮座する五社神社は、祭神は山口吉右衛門命、山口市左衛門命、後藤常左衛門命、後藤京右衛門命、宮崎長兵衛命。 藩制中期の宝暦6年、徳島藩の藍作行政に抵抗して吉野川中・下流の農民が起こした…

宇都志国玉神は不動に坐す(上鮎喰、不動町)

「その汝が持てる生太刀・生弓矢をもちて、汝が庶兄弟をば、坂の御尾に追い伏せ、また河の瀬に追い払いて、意禮(おれ)、大国主神となり、また宇都志国玉神となりて、その我が娘・須世理比売を嫡妻として、宇迦能山の山本に、底津磐根に宮柱布刀斯理、高天…

恐竜の神社(立川恐龍大権現)

恐竜の里1994年(平成6年)4月、高知大学地質学教室生によって勝浦(かつうら)町立川(たちかわ)の通称アゲノ谷で、白亜紀(はくあき)前期(1億2500万年前)の恐竜イグアナドンの歯の化石が四国で初めて発見された。これを機に町おこしにつなげようと、勝…

山脊の水主(讃岐 水主神社)

倭迹迹日百襲姫命、都の黒田宮にて幼き頃より神意を伺い、まじない、占い、知能の優れたお方といわれ、7歳のとき都において塵に交なく人もなき黒田宮を出られ、お船に乗りまして西へ西へと波のまにまに播磨灘、今の東かがわ市引田安堵の浦に着き、水清きとこ…

源氏の祖は神山 神根山に眠る(長満寺)

源 満仲(みなもと の みつなか)は平安時代中期の武将。清和源氏、六孫王経基の嫡男。多田源氏の祖で、多田 満仲(ただ の みつなか、ただ の まんじゅう)とも呼ばれる。諱は満中とも記され、神号は多田大権現。 中世に至り、源氏の太祖である多田満仲は…

神功皇后の名残り(宇弥宮、住吉大明神、住吉神社)

神功皇后に絡むテーマはこれで二回目の投稿。多分に被るところがありますが平にご容赦を。(^_^;) <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/11/25/235954" data-mce-href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/11/25/235954">海人族の神々(住吉神社) - awa-otoko’s blog</a> 海人族の神々(住吉神社) - awa-otoko’s blog それではサクサクと話を進めていきましょう。(^O^) 神功皇后は神…

武内宿禰は尊称(高良神社、武威神社)

阿波井大明神の鎮座する内海(うちのうみ)が神代より近世に至るまでも有名な阿波水軍の一大根拠地。 その根拠地で生まれついて以来、水軍大将の位置にあった武内宿禰。 【武内宿禰】(景行天皇14年 - 没年不詳)は、記紀に伝わる古代日本の人物。『日本書紀…

笥飯宮(板野町 気比神社)

板野郡板野町中久保に鎮座します気比神社。 祭神は仲哀天皇(日本武尊の第二皇子)「足仲彦天皇(たらしなかつひこすめらみこと)」 「日本書紀」仲哀天皇二年二月条に、「角鹿(つぬが)に幸す。即ち行宮(かりみや)を興てて居(ま)します。是を笥飯宮(…

アマツノカサヒコ?(天都賀佐比古神社)

御祭神 級長津彦神 級長津姫神由 緒 当社は西暦6世紀以前に創建されたものと思われ、古墳時代後期、美馬郡境のあった大村郷(郡里)一帯の住民及び郡領が奉仕していた神を祭り風災を鎮め五穀豊穣を祈った由緒ある神社でその神威顕著な所から延喜時代式内社…

城王山の九王野神社(三諸山)

さて、以前から九王野神社をテーマにして書いておりましたが、最近、新しい発見(妄想)がありましたのでご紹介したいと思います。 「土成町の御所山は御諸山(みもろやま)である。」という説を推していた訳ですが、何と「九王野神社」が別の場所に移遷され…

流れの宮(雨戸明神)

今回のテーマは流れ宮。 (流れ宮とは水害で社殿や御神体が流され、留まった場所に移転、または分社とされた経緯がある神社を(勝手に私が)呼んだもの) その例としてあげる今回の神社は美馬郡 式内社 天椅立神社に比定される「雨戸(アマド)明神」、現在…

狸(たぬき)の国

(金長大明神) (由来記) 阿波では「狸(たぬき)」 阿波には人を化かす「狸」にまつわる民話がたくさんあります。 中でも津田の六右衛門狸と小松島の金長狸が戦ったという「阿波の狸合戦」の話は有名。 合戦場跡とされる場所もあり、街中の至るところに狸…

建御名方神と沼河一族

(多祁御奈刀弥神社) 建御雷神が大国主神に葦原中国の国譲りを迫ると、大国主神は御子である事代主神が答えると言った。事代主神が承諾すると大国主のは次は建御名方神が答えると言った。建御名方神は建御雷神に力くらべを申し出、建御雷神の手を掴むとその…

阿波に存在した「淡海の大津宮」

さて、突然ですが天智天皇が造営した淡海の大津宮とはどこにありますか?と質問するとしましょう。 「滋賀県大津市… 。」と答える方がほとんどでしょう。通説ですからね。その淡海の大津宮が阿波に存在するとしたら… 今回のテーマは「阿波に存在した天智天皇…

消滅した古墳群(伊加加志神社)

「桑村山の麓にあり、俗に日命大明神、今は伊加加志大明神、野老傳へて曰く、桑村の河邊に大竹藪あり、その地をイカカシと云ふ、今は川となりて、田少しのこれり、昔し是地より山ノ麓へうつしたりと、その時より日命と號す、近代、神官イカカシト改むものは…

忘れられた田口大明神

国府町桜間八幡神社境内にある高さ六尺ほどの五輪塔(凝灰石製)は 桜間城主 田口氏の墓と云われています。 桜間城主であった桜間介能遠は阿波国名西郡桜間を拠点とした豪族。 阿波の政治や経済を執り行なう在庁官人の筆頭でありました。 この神社は明治初め…

「ゑいらのみこ」と「伊比良咩」

「三代實錄」貞觀十四年十一月ニ十九日の條、阿波國六位伊比良咩の神に從五位下を授く」とあるのはゑいら祖母(みこ)の宮(やしろ)なるべしといへり。 はい。過去に掲載した「伊比良咩」は「ゑいらみこ」らしいです。 阿波の秘境と云われる祖谷の開拓者、…

薬王子大権現は古の医療の神(薬王子神社)

「吾をば倭の国の青垣の東の山に拝き奉れ」と答へいいたまひき、こは御諸山の上に坐す神なり。 式内「倭大国魂神社」が奉られる美万城(みまき)の東、御所村の御所山に「薬王子大権現」は祀られています。 「倭の青垣の東の山」とは「倭大国魂神社」が祀ら…

廣濱大明神(広濱神社、矢野古墳)

入田村大字矢野に、広濱大明神といふ社がある。又、そのあたりに、広濱名(ひろはまみょう)といふ田がある。これは「日本後紀」弘仁二年の條に、「夏四月已丑、阿波國人百濟部濱等一百人𧶽姓百濟公。」とある。百濟部広濱を祀った社であらうといはれてゐる…

古代天皇家と海人族の婚姻

阿波国内の神社を巡ってますと祭神、由緒の調査でいろいろと繋がりが見えてくるもの。 その一つは… 天皇家と海人族との婚姻 今回は当ブログで過去に書いた内容より(関連がある社)を紹介しましょう。 宇母理比古神社(うもりひこじんじゃ) 徳島県徳島市八…

瓶(かめ)大明神(瓶浦神社)

往昔鳴門の海より大亀の脊に載せ来りと云赤色の水瓶さかさまに打覆ひたる中に龍神垂跡し給ふなり、此の瓶に汚穢不浄の輩来り触れ或は不敬をいたせば忽風雨することよく人の知るところなり、伝へ云、むかし旱魃の時近村の農民とも雨乞にとて来て此のお瓶を擲…

アキノカミはウカノカミ(大元大明神)

板野郡 明神(アキノカミ)村に大明神と申す神社あり、今は大元大明神と申せり、祭神は国常立尊なり天正年中に兵火にかかり、社殿の焼亡、その後再興したと古老云、当社は往古阿波国に鎮座ましまし境内に大樹多く有りける、或時彼国君の命に依て国中の山林及…

国中大明神 「唯一真神」とは?

名東郡一宮村に国中大明神と申す社坐せり、式外なれどこれ古く故あるしにはあらざるか、同じ村に国中寺といふ村もあり、此の外にも同神あり、勝浦郡芝生村、那賀郡宮倉村、美馬郡岩倉村、同村芋穴、同村暮畑、同村川原芝、同村横倉、同村西ノ名、同村中八、…

海人族の神々(住吉神社)

文治元年(1185)、源平合戦の折、屋島に集結した平家討伐に向かう源義経の軍は阿波勝浦に上陸、藍住町の南岸にやってきた。吉野川の水が溢れ渡れないでいると、里人がやってきて対岸の海の神「住吉大明神」に祈念するように勧めた。その忠告に従い祈念する…

日本一社 弥都波能売神社の元社はこの祠だ⁈

加茂村 加茂明神の背に神通峯と云あり、十八丁登り龍王の滝といふあり、飛流十間余り滝壺自ら池なして径七八間計、青碧の淵となり溢れ流る傍に龍王の祠あり、早魃の時雨乞に百姓百人簑笠を着し鉦、太鼓を鳴らし此の汀を踊りめぐる、感応あれば神霊奇瑞を現は…

湯蓋の森(春日部ノ屯倉)

日本書紀 安寧天皇の御巻に云、二年五月丙午朔甲寅置阿波国春日部屯倉云云、この屯倉何所ともしるべからずといへど、板野郡に春日といふ地ありて、そこに春日明神を祀れり、又社のあたりに楠の木のめくり十二三間許なる大木ありこれ若屯倉ありし所なりしを春…

蜂須賀が動かした神々

大日本地名辭書に云、延喜式名方郡天石門別豊玉比売神社は今佐那河内村の天岩門別神社是なり(阿波名勝案内より)冒頭からすごいことを引用してさそまいました…(笑)大日本地名辞書では式内社 天石門別豊玉比売神社は天岩戸別神社であると断言しています。…

曾我氏大明神は蘇我氏の祖廟(曾我氏神社、石川神社、石井廃寺跡、童学寺)

名西郡石井町城ノ内には「曾我氏(そがうじ)神社」が鎮座しています。 こちらの「曾我氏神社」は祭神が「彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)」と「木花咲耶(このはなさくや)姫命」、「曾我氏大明神」です。 そのうちの一柱 、「曾我氏大明神」は曾我兄…

高越山考 奥の院は伊邪那美命の神陵か?(高越神社、高越寺)

知らない人はいきなりのタイトルで驚いたかもしれませんね。 それでは高越山、山頂付近にある寺社について簡単に説明してみましょう。 高越寺 木綿麻(ゆうま)山三番地。山川町の西南、高越山(1122m)の山頂にあり。 寺の開基は役小角による。また弘法大師…

黒岩大権現は「大山住大明神」(仏王山 大山寺)

板野郡上板町の大山に所在する大山寺。 知るひとぞ知る、大きな秘密が隠された寺です。(答えは題名に書いてしまっていますが… ) 大山寺 (上板町) - Wikipedia まず、阿波の古代史を知るうえでほとんどの方が一回は目を通す(と思われる)「道は阿波より始…

源 為朝伝説は中白人神社から(白人神社、中白人神社、戸白人神社)

徳島県美馬市穴吹町宮内に鎮座する白人神社。御祭神は伊弉冉神、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、天照大神、豊秋津姫命、崇徳天皇、源 為朝侯。 ☝︎白人神社(宮内)御祭神の一柱である「源 為朝」について、白人神社には以下の伝承が伝わっています。源為朝 - W…

三頭大権現と猿田彦と天細女の石像(三頭神社)

三頭峠(三頭越) とは徳島県美馬市と香川県仲多度郡まんのう町の境にある峠。 ] 峠は金比羅参りに頻繁に利用されていたため、いつの頃からか金比羅宮の奥の院的な存在として参拝されるようになった「三頭大権現(三頭神社)」が鎮座しています。 三頭山は「…