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awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

豊穂ハ豊茂理亦ハ豊成ナドノコトニヤ

続日本紀 延暦二年十二月甲辰阿波人正六位上粟凡直豊穂任國造トアリ、粟国造ノ本姓 粟凡直ナル事ヲ知ル可シ。此「豊穂 」ハ「豊茂理」亦ハ「豊成」ナトノ事ニヤ。 『続日本紀』(しょくにほんぎ)は、平安時代初期に編纂された勅撰史書。『日本書紀』に続く…

千波足尼(ちはのすくね)。名前の由来

(栗生野) 国造本紀に云う粟国造とは、軽島豊明の帝[応神天皇]の御世に高皇産霊尊の九世の孫の千波足尼を国造に定められたとあります。粟国造である千波足尼(ちはのすくね)ですが、とある書にて名前の由来が明記されていましたのでここでご紹介致します…

2017年 明けおめことよろ。

新年明けましておめでとうございます。 今年の初詣もawa-otokoは粟国魂神 大宜都比売命にご挨拶してきました。 (上一宮大粟神社) (一宮神社) (天石門別八倉比賣神社) 今年もawa-otoko's blogをよろしくお願いいたします。(о´∀`о)

粟國造家が通った祭礼の道

久しぶりの更新です。ついつい更新を伸ばしていたら大晦日になってしまいましたwww さて、年末の休暇を利用して粟國造家が大粟山まで通った「粟國造家の祭礼の道(←勝手に名付けたw)」を歩いてきました。2016年の最後はこの大宜都比売命と粟國造家に関連す…

阿波井神社で隠れている神

阿波井神社(あわいじんじゃ)は徳島県鳴門市瀬戸町堂浦に鎮座しています。 堂浦地区と小鳴門海峡を挟んだ対岸の島田島南部にあり、クスノキをはじめとする各種の古木に全山が覆われた中に社殿が建立されています。 神殿は元々、この山の背面にあたる内海に…

阿波三國説から出てきた様々な推測

以前に粟、長、麻植の起りを投稿をまとめた内容です。 もちろんソースの古文書は転載しましたが、とてもめんどくさいので訳してません。それでも良ければ読んでみて下さいね。(≧∇≦) 上古當国は大きく三國に分かれ有りしなるたし。即ち粟と云う縣、麻植と云…

一宮家のルーツ‼︎ 大通寺良蔵院とは⁈

(神領上角川) 何かと忙しくていつもより投稿の間が空いてしまいました。「年末にかけてこの忙しさは何なんだ!(*_*) 」ということで、投稿できるタイミングの今、まだ誰も知らないと思われる情報をリークしておこうと思いますw 一宮氏祖 小笠原宮内大輔は…

神山に存在した阿波民部の城(粟国造家の拠点)

今谷名ニテハ皇子権現ト申シ、其邊リヲ皇子原ト云ニテ知ル可シ。此社ハ阿波民部城跡ニ在リ、亦同郡上浦村ニモ皇子権現ト云社在テ、有持氏ノ先祖也ト云由也。按ニ有持氏ハ阿波民部ノ子孫也。谷名ナル皇子権現ハ先祖民部ガ信仰セン神故ニ彼村ニ移シテ先祖ノ神…

千葉家系図 全:粟飯原氏の系譜

国造ニシテ子孫ハ千葉家ノ裔ノ如ク家系引誤タルヲ、其後揚奉リ国造甚□シ 千葉名全タカリシヲ以失実ニテ思ヘシヤト極依テ粟飯原ハ粟宿祢嫡流也モ末流其後大名ニ成シモ其祖ヲ千葉トシテ系ヲ残キシハ誤リナルベシ。 阿波国粟飯原家は千葉家末裔と伝承されていま…

吉田喜七郎の杉尾非八倉比賣神社弁!!ここに。

明治初期には廃藩置県、廃物毀釈という変革期の中において地域で重要な位置を占めていた上一宮大粟神社を三代実録に神階授与の記事がある埴生女屋神社に比定する説に基づき、明治三年に埴生女屋神社と改称されるに至った。この社名変更に反対した人物のひと…

矢野神山 天石門別八倉比賣神社記 寫(うつし)から…

「矢野神山 天石門別八倉比賣神社記 寫」でございます。 天石門別八倉比賣神社は天石門別豊玉比賣神社とか書いて投稿していましたが、たまには趣向を変えて別の伝承をご紹介しようかなと思いまして。 念のために先に書いておきますが、「矢野神山 天石門別八…

有持氏ガ移遷シタ皇子権現トハ大宜都比売命ノ裔神ノコト也。

(上一宮大粟神社) 大宜都比売命が八随神と伊勢丹生から御馬石に降臨したことは以前にご紹介致しました。 神代に御馬に乗り給いて、八前の伴神を引率して本国に移らせ玉ひ、大麻比古、天日鷲命と共に一国経営の始めに粟を蒔き玉ひし神勲を以て御名を大阿波…

天手力男神の系譜: 異名同神・天石門別豊玉比賣は誰なのか?

はじめに今回の投稿は異名同神の内容が重複します。awa-otokoが一般通説と土地の口伝を併せ、都合よく解釈している内容です。文中に理解し難い箇所も多々出てくると思いますのでご注意下さいw 異名同神については調査・研究の中で複雑化、間違った方向に誘導…

阿部氏が大宜都比売命に仕えた理由(わけ)

名西郡神領村氏神由来傳羕之覚當社上一宮巻大明神御神号大粟姫命亦大宜都比売命トモ申奉リ其ムカシ伊勢国丹生ト云フ処ヨリ當村丹生ノ内山へ御出アラセラレケル其則私古ノ先祖木挽職ニテ右山へ罷出候折不斗御月ニトマリ給ケルニヤ大粟姫命曰ケルハ其方給物処…

弓折の椙尾明神

阿波・土佐・淡路の守護職として白鳥村鳥坂に居城した佐々木経高は承久三年(1232)後鳥羽天皇の詔を奉じて兵を起こしたが敗れて自殺した。 鎌倉幕府は佐々木氏に代わり小笠原長清を阿波守に任じ、長清は阿波へ入ると、まず佐々木氏の居城であった名西郡の鳥…

鬼籠野神社は中一宮大粟神社だったのか?

中一宮大粟神社とは現在の神山町鬼籠野に鎮座している「鬼籠野神社」のことを指している。と、されております。 鬼籠野神社の祭神は大日霊尊・金山彦命・埴安姫命・カグツチ命・ククヌチ命・ミズハノメ命・国常立命の六柱。宝治二年(1248)八月八日神領村大粟…

三日月と女(大宜都比売命の神裔)

三日月家は大宜都比売命の神裔にして其先國造を勤む暦應四年國造宗成の代に至り一宮城主長門守成助の元祖 小笠原宮内大輔長宗の為に祭官新録の地を掠奪せられ祖神に奉仕することは能はずして退轉し相傳の職祿を失ひ上山地頭と爲るり粟飯原家系圖に曰く大宜都…

犬伏左近と犬伏城。主人赤沢信濃守も全部調べてしまえ!!

犬伏塚穴松坂村犬伏諏訪神社の裏に當り雑樹欝然たる丘陵あり、其西邊に塚穴あり、南に向ひ北に延ぶ、入口廣く中程は稍狭くなりて、室の隔てらしく奥の室又廣し、其室の極まる處一坪有餘の青石を建てて土の崩落を防げり、内部両側は總て天然石の方形なるもの…

白は城!阿波四家大身 大西氏とは!?

白地城(はくちじょう)は四国の中央部の山間地に立地し、西の境目峠を越えると伊予国・北の猪ノ鼻峠を越えると讃岐国、東の吉野川を下ると徳島平野を中心とする阿波国の中心部、南に吉野川をさかのぼると土佐国と、四国の十字路といえる位置にあった。南北…

安房千葉氏と阿波粟飯原氏にまつわる天女伝説

昔、千葉(せんよう)の蓮の花の咲き誇る池田の池という美しい池があり、いつのころからか夜になるとそこに天女が舞い降りていた。松の枝に羽衣をかけ、蓮の花に見に来ていたのである。このことを時の城主であった平常将(たいらのつねまさ)が知るところと…

祠は朽ちても魂朽ちず…(小笠原神社・重清城址)

重清村字城名にあり、小笠原豊後守長政此に據り剛勇にして屢次戦功あり、天正六年大西城主大西出雲守三好に背き長宗我部に降るに及び、其子白地城主大西角養、其弟七郎兵衛、久米刑馬亮をして誘殺せしむ、時偶正月に會す角養等饗を城中に受く、酒酣にして忽…

隠された羽津明神と飯裹大明神の秘密

三好町昼間の天椅立神社は歴史が古く昼間全体の氏神であります。阿波志によれば、もともとは羽津明神という名で呼ばれた延喜式内社と記録されております。 貞治三年(1368)、雲辺寺の鰐口の銘には「阿波国田井荘、羽津宮… 」とあり、南北朝時代には羽津宮と…

粟国造家を継承した一宮氏の偽りの歴史

社を己の住処にうつし世々斎き奉る事となりぬ。其の社は今、名東郡一宮村一宮大明神なり。(太粟姫尊考証より) 久しぶりの大宜都比売命関連の投稿です。今回は粟国造家から一宮氏が神録を奪った裏伝承と大宜都比売命の神宝にまつわる秘密を挙げていきます。…

田口氏の祖先は武内宿禰!?

或記に云、武内宿禰之後胤阿波真人広記(天智天皇御宇の人)十二代之後孫阿波助国風(朱雀天皇御宇之人)其の子桜間文治行直其後十代桜間外記太夫良連子無為以甥良遠子桜間助是也而良遠之兄成良阿波民部号勝浦郡之城主也 成良之子伝内左衛門成直(一名教良)…

埴土の郷 入田に潜にゅうだ(にゅうた:入田)‼︎

はい。今回は入田町に潜入しました‼︎ 入田町はネタの宝庫であります。一つ一つの旧跡で数回投稿できるネタはたくさんありますが、ここはawa-otoko'sblog‼︎ 小出しせずに一挙公開といきたいと思います‼︎ まず入田町の説明。 「入田村史」によれば景行天皇の代…

倭迹迹日百襲姫命は第二の大宜都比売命であり卑弥呼であったのか?

阿波古代史ブログの重鎮 ぐーたらさんがやっと重い腰を上げて大宜都比売命について書きだしました。ぐーたら気延日記(重箱の隅):http://goutara.blogspot.jp/?m=1大宜都比売命の解明はぐーたらさんに任せて、こちらはいろいろ手を広げていきます。 大宜都…

大粟山庄の祭官 田口氏とは??

(粟国造本館跡:推定) 田口一族は宮主と称し国造家と称して南北朝の初頃まで大粟山庄で大粟神の奉仕を行っていた。 平城天皇の大同三年五月九日に左少弁従五位下 田ノ口息継が阿波国司に任ぜられ、子孫が公領の荘園化とともに阿波に土着し豪族となったの…

粟凡直粲胤 粟飯原家略傳を見よ!!

速報!! 明治十年に粟飯原与一こと粟凡直粲胤が記録した「粟飯原家略傳」を入手しました。これまでアップしてきた粟飯原家の伝承内容と重複する部分はありますが、粟凡直の姓で自らの家伝を記したこの古文書を読めば上山神領村の素晴らしい歴史と粟飯原家の…

笑子岩(えびすいわ)を間近で…

神山町 神領の高根山には「笑子(えびす)岩」と呼ばれる神の石がある。その形はあたかも笑っている顔に見えるので、今では笑子石ではなく人面岩の名前で知られている。 神領村誌によると、上古、阿波(粟)国を支配した神がその子孫である国造(くにのみや…

白鳥神社の参道を指す鳥坂から出てきたもの

国府町尼寺、古来の尼木(海城:あまぎ)の隣にある山麓の地名、鳥坂(とっさか)とは白鳥神社続く「(白)鳥(へ向かう)坂」を指しているものではないのか? (白鳥大明神こと白鳥神社) また、海城にある御瀧神社は本来の白鳥神社の入口であったはずで、詳…

千波足尼が遺した伝承

阿波国の南北。さらには伊豫の国。断片的ですが大粟大明神の繋がりが見えてきました。今回は千波足尼(ちはのすくね)、即ち粟国造氏族の残した古文書の写しから進めていきます。たまには妄想じゃなく考証もしとかないとね。 大粟大明神古記(写)です。 一…

血潮に染まる民部岩と愛宕山

今回は番外編?です。 ちょっと気になるところで海部郡の愛宕山を調査してきたのですが、まだまだ考証に至らないためにお蔵入りにしました。(最後に触りだけ書いてます。笑) これと言っては何ですが、ちょっとだけ愛宕山に関係する「民部岩」の伝承をご紹…

大宜都比売命、神々のルーツ

夜も更けてきたので今回は短めに… 天日鷲命と同郡に鎮り坐す天村雲神。 板野郡に鎮り坐す大麻比古神と葦稲葉神。 これらの神々は皆、阿波の国魂 大宜都比売命に従い、共に伊勢の国より移らせ給いし神也。 いづれの神も伊勢国に由緒有り給うことを知るべし。…

麻植郡からみる大宜都比売命・葦稲葉神の手掛かり

美郷村種野の稲荷は美郷村と木屋平村を合わせた種野山荘の総氏神でありました。この神は遥かな昔に樫の葉に乗って天降ってこられたそうで、そのため川向こうを「樫の葉」と呼び、神様が降りた石を「影向石」と呼んでいたそうです。 「樫の葉」の地名は明治…

三日月・粟飯原家住宅に訪問

鮎喰川上流の左岸の山裾にたつ粟飯原家住宅は、当主が15代目という旧家である三日月・粟飯原家を本家とする分家である。本家は千葉上総介下総国千葉郡より観応2年(1351、北朝年号)阿波国に派遣され、栗生野に邸宅を構え粟飯原石見守千葉常胤と号し、上山谷…

阿豆枳島いろいろ探訪

今回は阿波を離れて小豆島のお話。小豆島に遊びに行ったのは○十年ぶりで、遠い子供の頃に家族で遊びに来た記憶を辿りながら一日観光を楽しんで参りました。もちろん古代史や神社学など抜きで… しかし帰宅してから赴いた場所を調べてみれば、寒霞渓に行って星…

大宜都比売命 八伴神の宮を探しだせ!!

神代に御馬に乗り給いて、八前の伴神を引率して本国に移らせ玉ひ、大麻比古、天日鷲命と共に一国経営の始めに粟を蒔き玉ひし神勲を以て御名を大阿波女神、八倉比賣命、田口大明神と申し、亦大宜都比売命と尊称奉る。大麻比古大明神、種穂大権現 粟耕作なさ…

神の境界線

阿波忌部族が粟を植えたと伝わる「粟島(善入寺島)」には天日鷲神を祭神とする「浮島宮」と天日鷲命の兄弟神である天津羽命が祭神である「八条宮」が鎮座していました。 八条宮(神社)で祭祀されていた天津羽命とは阿波咩、阿波波神、阿波の神、阿波津比賣…

板野郡 地名の由来とコノハナサクヤヒメの繋がり

板野郡と云うは葦田野(イタノ)郡なり。根元である神宅村に吾田鹿葦津姫(イ(ア)タカシツヒメ)の神が坐す郡を以ってして郡の号となりしなり。 はい。板野郡は吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)が居た土地だから葦田野(イタノ)から板野(イタノ)郡になっ…

恩山寺は誰を祭祀しているのか?

四國八十八箇所霊場第十八番札所 恩山寺(おんざんじ)は、徳島県小松島市田野町にある高野山真言宗の寺院であります。母養山(ぼようざん)寶樹院(ほうじゅいん)と號し、本尊は薬師如来とされております。 それでは恩山寺の伝承を下記引用からご確認下さ…

大麻比古神は何者?

大阿波女神は当国開闢の大神あらせしなりにて経営の初は粟を蒔き給いし神勲も有り給う由は此の姫紛れなきなり 天日鷲神も大阿波女神も御兄弟なる由動かざる考えなり 按ずるに阿波女神、天日鷲神、大麻比古神 この三神は同系の神等なり 引き続き大宜都比売命…

忌部本社の鎮座地はここだ!!

え~、過去に忌部神社の本社地をめぐって忌部系統の神社が「我、由緒ある本社地である。」と各々が名乗りを挙げて揉めに揉めた騒動が起きていたのはご存知でしょうか。 (知らない方は下の引用で確認してください〜。↓↓↓ ) 『延喜式神名帳』に載せる「阿波…

長ノ國の号は何から採用されたのか?そしてその背後に隠れる神とは?

前回は阿波国の名義が「粟」から採用されていることを大宜都比売命の伝承から紹介させて頂きました。 それでは長ノ國の「長:なが(か)」の号とは何から採用されたか… 知ってる人いますか? awa-otoko.hatenablog.com ちなみに那賀川は長ノ國を流れる川なの…

阿波が粟であるために

名西郡なる大粟山 國号起こりし由の古傳にありて 今猶大粟一谷の諸人とく知るところなり 粟を蒔き専ら御食功徳坐て御名を大宜都比売神亦の御名を大阿波女神と美称奉り 其粟を蒔き給ひし地を大粟山 亦名 粟生山と云ひ 国号を粟国と云伝ふ也 阿波国内には阿波…

阿波女社宮主祖系を探る… 粟国造家と粟国造館の秘密

阿波女ハ太粟姫尊ノ御事若室神ハ太粟姫尊の御子ニテ畠多神迄ヲ高皇産霊尊九世孫 千波足尼迄ヲ神ト記サル也 大宜都比売命の末裔は大宜都比売命の御子 若室神(葦稲葉神)より八代目の畠多神までが神とし、粟國造之祖八倉比賣神社宮主とされ、以降九代目の佐…

大宜都比売命の父は天手力男命

前回の続きです。 冒頭からトンデモないテーマで開始してしまいました。。。 さて、前回は「天石門別八倉比賣神社」は「天石門別豊玉比賣神社」だった旨を文書を基に簡単に紹介した訳でありますが、今回はこの結果に至った経緯を書いてみたいと思います。 …

八倉比賣神社は天石門別豊玉比賣神社だった

号外です。 ある方からトンデモナイ資料を頂きました… 今までこの資料の内容を血眼で探していた人もいると思いますのでまずは読んでみて下さい。 杉尾明神八倉比賣神社ニ非ルチ知ルヘシト思フニ杉尾ハ□(キハ)メテ天石門別豊玉比賣神社ナルヲ豊玉比賣神社ハ…

大宜都比売命と壹與と乃良根公と。

今回は私の稚拙な想像レベルの話ではなく、毎回キレッキレの考察でとてもわかりやすい"乃良根公(のらねこぶるーす)氏"の文言を借りて話を進めさせて貰います。 http://blogs.yahoo.co.jp/noranekoblues 乃良根公氏が綴る超有名blog 「空と風」。 阿波古代…

2016年明けましておめでとうございます。

(2016年 元旦 初日の出)元旦は天石門別八倉比賣神社へ初詣。次に一宮神社へ。最後に上一宮大粟神社にご参拝。各神社に行くまでの道はまるで貸切。こんなにスイスイとクルマが進めたら大麻比古神社の初詣なんて考えられなくなります。(笑)たぶん今ごろ大…

高越大権現と一宮大明神の争いから大宜都比売命の移動を探る(麻植郡 高越山・名方郡一帯)

さて、今年も残すところあとあとわずかになってしまいました。今年最後の投稿になります。 (高越大権現 奥の院 蔵王権現) 伊射奈美神社高越大権現役ノ小角此峯ニ升リ伊弉冉神社ノ側ニ金峯山蔵王権現ヲ勧請有テヨリ河原吉野川□ト云フト此神ヲ役小角祭リ玉…