awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

古墳、板碑

磨墨の天馬石(小松島 田野)

勝浦郡田野には天から降った天馬石という奇石があります。宇治川の先陣に、生唼(名馬 池月)のために第一着をしてやられた磨墨の石に化(な)ったものだと言われています。 磨墨とは梶原景季の愛馬であり名馬として知られていました。磨墨に乗った景季は118…

愛染院?藍染院か。(板野町 愛染院)

愛染院(あいぜんいん)は徳島県板野郡板野町に所在する高野山真言宗の寺院。山號は金鶏山。本尊は不動明王。別名那東のお不動さん。四國八十八箇所霊場第三番札所金泉寺奧の院。 御詠歌:まつが枝に 御ひかり照らす 金鶏の 佛を頼め たすけまします 伝承に…

高良(甲羅)峯に行ってきた☆(以の山編 上鮎喰 高良峯)

武内宿禰、阿波では高良明神(こうらみょうじん)と呼ばれます。この人の葬陵が以乃山(眉山)の西にある高良峯(こうらみね)にあったがゆえの呼び名であります。武内宿禰の古陵(と伝わる場所)は眉山カントリー内の八人塚古墳の峯続きにある四世紀に造営…

スサノオを祀る八坂の元社(以の山編 加茂名 溶造皇神社)

以前にも紹介したことのある「溶造皇(ようぞうのすめら)神社」。それは元々「いのやま」に祀られておりました。 <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/12/18/005813" data-mce-href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/1…

大岩さん見ぃつけたぁ。(川島町峯八 雀嶽)

ちょっと前に二回も探索して見つけられなかった雀嶽(大岩さん)の場所を絞り込めたので、三回目の正直を信じて行って参りました。 <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2015/06/07/022102" data-mce-href="http://awa-o…

ダレノ墓 あま塚(里浦町 あま塚)

里浦村城ヶ峯の麓老松の下にあり、元禄年間の改築にかかる花崗石の五重の塔は、名のみの一小宇僅かに之を蔽ひ、塔側には小庵ありて香華をひさぐ、あま塚は海士塚にて男狭磯の墓と云ひ、或は尼塚にて清少納言の墓と稱し、後者につきては殊に牽强府會の説を傅…

大岩さんは浮島八幡宮の元地(川島町峰八 雀嶽 )

(雀嶽と推定していた大岩:詳しくは後述) 川島町桑村と学の境の山中に、世界でも珍しい「紅廉片岩」という美しく赤い大岩がある。この岩は今は「雀嶽(すずめだけ)」と呼ばれているが、大昔は「鈴連嶽(すずろだけ)」と呼び、川島郷と忌部郷の境界の目印…

目佐穴権現(和耶神社)

島根郷伊豆美。長川(那賀川)の河口より石門から牛岐、そして橘湾に面する現在の富岡と呼ばれる場所。 この島根郷伊豆美は神代より海人族の繁栄した場所で、この地の王が波邇夜須比賣(はにやすひめ)と孝元天皇の御子である「建波邇安王(たけはにやすおう…

素戔嗚命の歯(初臼山不動院)

爾に須賀の地に到り坐して詔りたまはく、「吾此地に来て、我が御心すがすがし」とのりたまひて、その地に宮を作りて坐しき。故、その地をば今に須賀と云ふ。玆の大神初めて須賀の宮を作りたまひし時、その地より雲高く騰りき。 神山町の須賀山から峰続きの西…

南淵の坂田寺(丈六寺)

現在の徳島市丈六町、旧地名 多家良村南淵が用明紀に記された丈六の仏像がある場所。 さらに昔は片塩(かたしほ)郷の坂田邑と呼ばれており、もともとはシキツ比古タマテミ命(安寧天皇)が宮を定めし宮跡で、ここから渋野天王森に続きます。 また、丈六町か…

王の中の王(宇志比古神社)

阿波で現存する神社本殿では最古にあたる宇志比古神社。2000年に国の重要文化財に認定されております。社殿は少し奥まった板野郡大谷の山際に鎮座しています。創祀年代は不詳。式内社・宇志比古神社の論社の一つで、天正年間(十六世紀末)長曽我部元親の乱…

山脊の水主(讃岐 水主神社)

倭迹迹日百襲姫命、都の黒田宮にて幼き頃より神意を伺い、まじない、占い、知能の優れたお方といわれ、7歳のとき都において塵に交なく人もなき黒田宮を出られ、お船に乗りまして西へ西へと波のまにまに播磨灘、今の東かがわ市引田安堵の浦に着き、水清きとこ…

元祖 忠犬の墓

捕鳥部 万(ととりべ の よろず、生年不詳 - 用明天皇2年(587年)7月)は、飛鳥時代の武人。姓はなし。捕鳥部(鳥取部)は鳥を捕捉することを職業とした品部。物部氏の本拠である河内国には、鳥取部の伴造氏族で、角凝魂命の三世の孫である天湯川田奈命の後…

丹摺石(丹生谷)

丹摺(にずり)とは、古事記に記された物語の時代に行われた阿波のみの習慣です。 (太龍寺窟跡付近の腰宮神社) 那賀郡と勝浦郡との境の加茂谷は空海が「面足(おもだる)命下り居ませし、磯輪上乃秀真国(しわがみのほつまのくに)之阿波国也」と縁起を納…

神功皇后の名残り(宇弥宮、住吉大明神、住吉神社)

神功皇后に絡むテーマはこれで二回目の投稿。多分に被るところがありますが平にご容赦を。(^_^;) <a href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/11/25/235954" data-mce-href="http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/11/25/235954">海人族の神々(住吉神社) - awa-otoko’s blog</a> 海人族の神々(住吉神社) - awa-otoko’s blog それではサクサクと話を進めていきましょう。(^O^) 神功皇后は神…

大田田根子一族の殯宮(段の塚穴)

段の塚穴は、徳島県美馬市美馬町字坊僧の河岸段丘先端にある古墳時代後期に築かれた2基の古墳の総称。東側が太鼓塚古墳、西側が棚塚と呼ばれています。 石室の規模や特異な構造から、四国の古墳時代史上で欠かせない重要な古墳と認識されています。 太鼓塚…

和奈佐は倭奈佐(大里八幡神社、和奈佐意富曾神社)

(海陽町 大里八幡神社) はい。今日は阿波の海人族の古の拠点であった「海部」、現在の海陽町に行ってきました。 大里海岸の目の前に鎮座する「大里八幡神社」は、古の「和奈佐意富曾(わなさおほそ)神社」が変化したもの。 (那佐湾:海陽町大里海岸) 「…

豊玉比賣命の祟り(清玄坊神社)

(徳島公園内 城山山頂 清玄坊神社) 蜂須賀が阿波に入国した当時の以乃津(現在の徳島公園一帯)は平地ではなく小さい島々がより集まった海辺でした。 (以乃山:(眉山)から見た城山) 蜂須賀はその中心にあった美しい天然の古木が生え茂った小島に目をつ…

倭の魂ここにあり(倭大國魂神社)

倭大国魂神社の鎮座する阿波は倭の国であり、奈良は大倭坐大国魂神社の鎮座する大倭の国である。 奈良地方は、国生みの八番目に生み出された「大倭豊秋津嶋」と名付けられております。 豊秋津嶋とは「豊葦原の水穂国(天孫の治める国)」、「秋津嶋倭」の用…

消滅した古墳群(伊加加志神社)

「桑村山の麓にあり、俗に日命大明神、今は伊加加志大明神、野老傳へて曰く、桑村の河邊に大竹藪あり、その地をイカカシと云ふ、今は川となりて、田少しのこれり、昔し是地より山ノ麓へうつしたりと、その時より日命と號す、近代、神官イカカシト改むものは…

忘れられた田口大明神

国府町桜間八幡神社境内にある高さ六尺ほどの五輪塔(凝灰石製)は 桜間城主 田口氏の墓と云われています。 桜間城主であった桜間介能遠は阿波国名西郡桜間を拠点とした豪族。 阿波の政治や経済を執り行なう在庁官人の筆頭でありました。 この神社は明治初め…

日本武尊の本陵(白鳥神社)

石井町大字白鳥にあり日本武尊を祭る、三代寛録に貞観三年三月六日庚辰授従五位下、元慶七年十二月二日甲午授従五位上とあり、三好氏地二十貫を献じ區域七段余、本殿中殿前殿楼門等宏荘を極む、今鳥坂の北に宮田と呼べる地あり、蓋し其祭田なるべし古来葬埋…

蜂須賀が動かした神々

大日本地名辭書に云、延喜式名方郡天石門別豊玉比売神社は今佐那河内村の天岩門別神社是なり(阿波名勝案内より)冒頭からすごいことを引用してさそまいました…(笑)大日本地名辞書では式内社 天石門別豊玉比売神社は天岩戸別神社であると断言しています。…

眉山に神武天皇像がある理由

今回はさらっとダイジェスト的に流しますw モノクロ写真は明治時代の神武天皇像 神武天皇の銅像は日本に2体、阿波徳島と日向(宮崎県)のみしかなく、非常にめずらしいものだそうです。 日清戦争の記念として明治30年に建立され、銅像は高さ約6mほどありま…

大きな港の壹與を祀る神社(宅宮神社)

宅宮神社(えのみやじんじゃ) 徳島市上八万町上中筋に鎮座し、創祀年代不詳となっています。 そして「延喜式神名帳」阿波国名方郡の「意富門麻比売神社(おおとまひめじんじゃ)」(式内社)に比定されています。 余談ですがこの「意富門麻比賣」の神社名の…

黒岩大権現は「大山住大明神」(仏王山 大山寺)

板野郡上板町の大山に所在する大山寺。 知るひとぞ知る、大きな秘密が隠された寺です。(答えは題名に書いてしまっていますが… ) 大山寺 (上板町) - Wikipedia まず、阿波の古代史を知るうえでほとんどの方が一回は目を通す(と思われる)「道は阿波より始…

古代の祭祀場 石堂ハン(石尾神社)

半平山平谷より杖立峠に登る山麓に石尾神社あり、土俗石堂ハンと稱す、社の兩側に一大岩の屏立するあり、東西四十間南北一町高さ十五間、此岩裂けて二ヶ處の洞穴あり、一を金鷄風穴と呼び穴の奥に金鷄を藏すと傳ふ、一は頰面風穴と稱し、いづれも土人により…

門屋の大泉となべ渕(神山町 大泉、小泉、二之宮神社)

昔、門屋のあたりはひどい干ばつにおそわれ、人々は飲み水にも不自由するほどであった。ある老婆が遠くの渕よりなべに水をいれて持って帰る途中、みすぼらしい格好の坊主が水を飲ませてくれという。その老婆は心優しい人だったので「どうぞ、どうぞ」となべ…

卑弥呼が眠る神社 (天石門別八倉比賣神社)

徳島市国府町矢野に鎮座祭神は大日孁神(別名 天照大神)今回は「天石門別八倉比賣神社」について。この神社については阿波古代史を研究するブロガーのみなさんが研究内容を自らのブログに投稿しております。私は可能な限り被らない内容を提供しようと考えて…

奇稲田姫の殯宮 名田河の板碑群

名西郡神山町 名田河(なだごう)と呼ばれる場所に板碑群があるのをご存知でしょうか。(「板碑」とは現在の「卒塔婆」と考えてください。お墓です) その場所は「奇稲田姫(クシナダヒメ)の殯宮(もがりのみや)」という伝承があるのです。 「奇稲田姫」と…