awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

古墳、板碑

探せ‼︎ 剣山にある弘法大師が刻んだ法華経一字一石の塚

はい。今回はひっぱり過ぎが否めない剣山大権現縁起から。 (剣山大権現縁起の下書き) (全部は掲載しませんぜ。) 昔、安徳帝行在の砌陣営に用ひ給ひし事あり故に藤の池陣屋とも云ふなりと参詣者必ず此に宿す… と伝わる藤ノ池 龍光寺から一ノ森、剣山への…

土佐国一宮ト阿波國一宮ハ夫妻之御神ナル可シ。

都佐國造モ粟國造ノ如ク女祖神ニ仕へ奉ル欤亦ハ都佐㘴神社ニ並ヒテ溝杭姫命之御社モ在ル可キニ未タ聞カズ同郡朝倉神社ニ后神天津羽羽神鎮リ㘴スヲ見レハ都佐國造ハ 味鉏高彦根神后神天津羽羽神夫妻 ニ神ヨリ出タル系也(天津羽羽神 三嶋溝杭姫命共ニ味鉏高彦…

国造家ノ将、鬼籠野ニテ死ス。其跡ニ庚申塚置キタル也。

暦應四年十月非道ニモ長宗兵力ヲ以粟國造家ヲ攻メ神録ヲ横領シ祭官職ヲ強奪セシ也。其證如何ト云ニ今神領村ノ隣村ナル鬼籠野村鬼籠野名ト云地ニ辻堂アリ。其傍ラニ周囲二丈許ノ杉大木アリ(其小祠ハ神佛混偖禁止ノ際ニ排除シテ其跡ニ庚申塚置) 里老口傳云此…

阿波三好氏は住吉神社の祭官家

阿波三好家は清和天皇からの出自で本姓は源氏である。阿波国との関わりは、小笠原長清が承久の乱に源頼朝に従い阿波の守護に補せられたことから始まる。三好家は名門小笠原氏(信濃源氏)の庶流とされ、鎌倉時代に阿波守護であった阿波小笠原氏の末裔であり…

朧夜皇子が隠したもの

阿南市日開野町に鎮座する皇子神社は全県下に霊験あらたかなる神々の社として多くの修験者から厚く信仰されています。 創立年代は不詳。祭神は大己貴命。寛保神名帳には「日開野王子権現、別当石塚村正福寺」、阿波志に「王子祠日開野に在り」と見えます。資…

古代の女神達を鎮めた川除大明神と龍王

(字が見えにくい〜。) 川除けとは堤防のことである。川除大神宮は龍蔵堤の守り神として祀られたものである。西から流れ来た吉野川とその支流、新宮川(現在の神宮入江川)はこの付近ではほぼ直角に流路を転じ、北流していた。このため徳島城下を洪水から守…

灰燼に帰した童学寺(本尊以外の伝承物はどうなった!?)

2017年3月25日午後5時30分頃、庫裏(住居兼台所)が火元とみられる火災が発生した。本堂及び庫裏などの建物が全焼したが御本尊の木造薬師如来像は運び出されて無事だった。 (3/25 火災の様子) はい。火災の記憶が新しい童学寺でございます。あの火災からど…

御諸(ごしょ)の大墓宮と吹越大明神の謎

現存する處の一條五條七條の村名は、御所を設くるにつき京都の御所に倣ひて一條より七條まで定めし者の残れる傳なり。一條五條七條は大墓宮と傳ふ。 Facebookにて独り言として掲載した文ですが、実は続きがありました。「御所屋敷の南方にあり大墓宮は土御門…

秋月氏は粟国造粟凡直の一族

秋月村光勝院址の西方にあり。細川頼春の築く處にして季子詮春これに居る、後勝端に移るに及び秋月中務太夫居住せり。 秋月城(あきづきじょう)は、室町時代の阿波国阿波郡秋月庄(現在の徳島県阿波市土成町秋月)にあった日本の城。阿波市指定史跡とされて…

もう一つの羽落神社伝説(戦国時代編):東条関兵衛 栗栖の城

前回投稿した羽落神社のスピンオフになります。古代史関係から外れて戦国時代のお話になりますので、興味がない方はスルーしましょうwww 桑野駅の東方、小高い丘に羽落神社の飛地境内社として杉尾神社が鎮座しています。当地は万福寺(奥之院)跡であり、往…

勝浦日向山の大日孁神

(気延山 山頂 古墳跡) 永正年間弥生月のある日、平家の一族である阿佐家の権三郎という人が長奥(那賀の奥)の親族宅へ向かうために祖谷から木屋平を通り、おばこ峠を越えて高鉾の西谷薬師谷を通過していた。日向山(日浦山)の太平に来た時には日が暮れて…

Legend of TAMETOMO‼︎

源為朝所縁の地は穴吹町宮内の白人神社ではなく、二戸谷流域の一帯が為朝の歩んだ所である。 こんな話が旧木屋平村には昔から伝わっている。 為朝を祀る白人神社は二戸と南二戸の二ヶ所にあり、宮内の白人神社は、もともと木屋平村市初にあった。 昔の大洪水…

勝占神社は事代主神社 "祭神も事代主神 一柱だ!!"

勝占神社の祭神は事代主命也。何と云うに神名式の文例にて明らかに知らるる也。 神名式ハ諸国奉たる其文例国々にて異なり、我阿波国の文例に三箇の例あり。 其郡々にて地理の順序を論せず大社より記したる例板野郡大麻比古神社、麻植郡忌部神社、名方郡天石…

天手力男神の系譜: 異名同神・天石門別豊玉比賣は誰なのか?

はじめに今回の投稿は異名同神の内容が重複します。awa-otokoが一般通説と土地の口伝を併せ、都合よく解釈している内容です。文中に理解し難い箇所も多々出てくると思いますのでご注意下さいw 異名同神については調査・研究の中で複雑化、間違った方向に誘導…

犬伏左近と犬伏城。主人赤沢信濃守も全部調べてしまえ!!

犬伏塚穴松坂村犬伏諏訪神社の裏に當り雑樹欝然たる丘陵あり、其西邊に塚穴あり、南に向ひ北に延ぶ、入口廣く中程は稍狭くなりて、室の隔てらしく奥の室又廣し、其室の極まる處一坪有餘の青石を建てて土の崩落を防げり、内部両側は總て天然石の方形なるもの…

祠は朽ちても魂朽ちず…(小笠原神社・重清城址)

重清村字城名にあり、小笠原豊後守長政此に據り剛勇にして屢次戦功あり、天正六年大西城主大西出雲守三好に背き長宗我部に降るに及び、其子白地城主大西角養、其弟七郎兵衛、久米刑馬亮をして誘殺せしむ、時偶正月に會す角養等饗を城中に受く、酒酣にして忽…

真説⁈ 膳・椀 貸し穴の伝説

近世以前の日本では、家に家族に必要な数以上の食器を持たなかったため、婚礼など人数が集まる催しの際に余所から膳や椀を借りるという状況はしばしば発生した。 貸してくれる相手は童子や河童、龍、お地蔵様や例のように正体不明であったり様々である。貸し…

野見宿禰から繋がる天神村の天満天神

さて、少し前に落神の天神について触れました。 結論では邇邇芸命を祭祀しているのではないか?という事で締めた訳なんですが…しかし、またタイムリーなことに天神村の天神社について別の見解を発見するに至ってしまいました。個人的には今回投稿する内容の…

白鳥神社の参道を指す鳥坂から出てきたもの

国府町尼寺、古来の尼木(海城:あまぎ)の隣にある山麓の地名、鳥坂(とっさか)とは白鳥神社続く「(白)鳥(へ向かう)坂」を指しているものではないのか? (白鳥大明神こと白鳥神社) また、海城にある御瀧神社は本来の白鳥神社の入口であったはずで、詳…

吉良忌部大神宮の元地へ

吉良忌部大神宮の元地である清頭岡磐座遺跡に行ってきました。とりあえず吉良忌部神社に関連する過去記事も確認しこれまで背景を把握しておいて頂ければと思います。 吉良 忌部大神宮(御所神社)は式内・忌部神社の論社とされ名乗りをあげました。その他の…

三日月・粟飯原家住宅に訪問

鮎喰川上流の左岸の山裾にたつ粟飯原家住宅は、当主が15代目という旧家である三日月・粟飯原家を本家とする分家である。本家は千葉上総介下総国千葉郡より観応2年(1351、北朝年号)阿波国に派遣され、栗生野に邸宅を構え粟飯原石見守千葉常胤と号し、上山谷…

阿波が粟であるために

名西郡なる大粟山 國号起こりし由の古傳にありて 今猶大粟一谷の諸人とく知るところなり 粟を蒔き専ら御食功徳坐て御名を大宜都比売神亦の御名を大阿波女神と美称奉り 其粟を蒔き給ひし地を大粟山 亦名 粟生山と云ひ 国号を粟国と云伝ふ也 阿波国内には阿波…

ヲカノカミはウカノカミ(板野町 岡上神社)

岡ノ宮といふ地名も岡上神社あるよりて屓ひし名か 又岡と云ふ地名ありて其処にある社なれば やがて岡上ノ神と申ししか其先後はしるべからざれど いづれ岡ノ上といふ地名も近き世に云ひ出せしこととも聞こえねば必今の社なるべし 又祭神を豊宇氣毘賣神なりウ…

忌部の神塚(吉野川市鴨島町麻植塚 麻植の神塚)

麻植塚には面積約五坪、高さ三尺位の古墳のようなものがあって「麻植の神塚」と呼ばれている。塚の上には今倉某の石碑が数基あって、付近の地名を塚西、塚東と呼び、忌部の氏人 今鞍進士(いまくらのしんし)の祖を祀った所と伝えられ、付近に今倉姓があり、…

奥野々大権現は高越大権現と表裏一体(山川町 奥野々山 奥野々神社)

(船窪ツツジ公園から剣山を望む) (手前が高越寺) 奧野々山(おくののやま)は、徳島県吉野川市にある剣山系の山である。標高1,159m。麻植郡山川町に聳える山であり、高越山の南側約3Kmのところに位置する。高越山と奥野々山の間には船窪ツツジ公園があり…

大宜都比売命の御馬石(神山町 神領)

古より神石として尊信せるのみならず、その古伝と能く符号せるを見れば、即ち大宜都比売命の来臨の霊地にして、阿波の国 開開闢の原地と考えられるべし。 神山町神領 上一宮大粟神社から南にある丹生というところに神代から伝わっている「御馬石」というもの…

葦稲葉神社は本来どこに鎮座していたのか(上板町神宅)

(地図★印が葦稲葉神社元地(推定)) かつては宮谷川と大山谷川に形成された扇状地の頂点、大山畑 芽野原に葦稲葉神社は鎮座していました。しかし山崩れで社殿は倒壊。 扇状地下端の宮ヶ谷川河畔に鎮座していた鹿江姫神社に遷座されてしまいました。 さらに…

小屋の内裏と草なぎの剣(木屋平村 正八幡神社、新八幡神社)

木屋平村 森遠名に鎮座す正八幡(森遠八幡)神社は應神天皇、仁徳天皇を祀る。祠中偃月刀及び古冑を蔵し、阿部宗任の所持せし由来を傳ふ、又金昌描く處の歌仙圖及び大般若経を蔵すと。正八幡神社はもともと森遠城址であり、平宗本此に據り、松家越前守と称し…

武内宿祢の屋敷と造船所(上板町 舟ノ本、矢武八幡神社)

大山村 西分字池田に古来船の本と稱し、船の如き形を為せる土地(三畝十二歩)あり、雑草繁茂するも若し鍬を入れる時は神罰が蒙るべしとて其ままに在置しあり。口碑傅ふる處によれば山城男山八幡宮の山下に武内大臣の社あり、船の形に擬して作れり、船の本ま…

磨墨の天馬石(小松島 田野)

勝浦郡田野には天から降った天馬石という奇石があります。宇治川の先陣に、生唼(名馬 池月)のために第一着をしてやられた磨墨の石に化(な)ったものだと言われています。 磨墨とは梶原景季の愛馬であり名馬として知られていました。磨墨に乗った景季は118…