awa-otoko’s blog

阿波の神秘的、不思議、面白い場所を記紀や地域伝承と絡めて紹介します

続・上一宮大粟神社社報!!少しずつ明かされる粟神の謎!?

こんにちは。awa-otokoは(以前に紹介した)上一宮大粟神社社報の続きが知りたくて定期的に上一宮大粟神社に参拝しておりました。そして!やっと続編が発行されたのを確認しましたのでご紹介したいと思います。 大粟神社の復興に向けて境内摂社の祭祀の報告…

令和元年霊峰剣山山頂大祭(劔和讃(つるぎわさん)を読め!)

実は先月に剣山大祭に参加していたawa-otokoです。だらだら記事を書いていたら一か月が経過してしまいましたw(遅っ!!しかも今回は記念すべき400回目投稿という… 何たる怠慢。)ということで、8月に剣山大祭があった訳ではないので当記事をお読みの方はご…

宮ノ島に天村雲・八神殿の形跡!?

どうも。今回は事前にFacebookの方で告知風に流していたものですが意外にも「いいね」が多かったので期待に添うべく(調子に乗って)書いてしまいました。 それではawa-otokoの考察にお付き合いいただく前にまず川島神社の情報をご覧下さいませ。 【川島神社…

下宮神社に合祀された神々の謎

今回は以前に調査していた内容を投稿します。 awa-otokoは現在、阿波の神社学から綺麗さっぱり離れてしまっているのでわからないZEeeeewww!!!! という状態なのです。この場で出してみたら新しい発見があるかも。な感じ。ただ昨日も投稿しているので手短にと…

玉厨子庵の飛鉢仙人と不思議の岩屋

浅井長政の曾孫にあたる阿波に黄檗宗を開いた鉄崖。(あらあら。ぐーたらおじさまが書いてらっしゃる。リンク☞ぐーたら気延日記(重箱の隅): 仏日山 水明寺 竹林院) 久しぶりの投稿です。(*゚▽゚)ノオヒサ! 今回は眉山 竹林院を建立した鉄崖の高弟、鉄龍こと…

今、上一宮大粟神社社報が面白い!!!!

どうも。awa-otokoです。ちょっと思うことがあって久しぶりに上一宮大粟神社に参拝して参りました。 相変わらず社殿から発散される神氣は強くて畏まってしまいます。さて早速本題なのですが、拝殿の昇降口の机上に「上一宮大粟神社社報」が閲覧できるのはご…

謎の神代文字:トホカミエヒタメ・スエキアワカミの幟

さて今回は番外編。 船盡神社に伝承されていた二本の幟(のぼり)を確認する機会がありまして…ちょっと調べてレポート書いてみました。(もちろん結論など出ているはずもなくこの点を考慮して読むなら読んで欲しいと思います。) 幟は長さ7メートル、幅約60…

出自の秘密(木屋平に隠された秘密)

寿永二年、阿波民部成良の頼りによって麻植内山の奥に丸木の御所を造営して安徳帝を隠匿した… awa-otoko.hatenablog.com 以前に投稿した阿波民部成良と忌部大宮司 麻植氏が画策した安徳帝隠匿の話には続きがある。 安徳帝の守護は忌部麻植大領である麻植邦光…

・:*+.:+ 2019年 あけおめことよろ・:*+.:+

・:*+.:+新年明けましておめでとうございます。・:*+..:+ ・:*+.:+今年も大粟山 上一宮大粟神社に初詣。大宜都比売命の大神と天辺の頂きに坐す大神の御力を授かって参りました。(祝詞から)・:*+.:(ん!?、、、大宜都比売命と天辺ヶ丸に坐す大神は別の神なの…

山城町岩戸の田尾城趾へ行ってきたぞ!!

・:*+..:+ ハッピーメリークリスマス!!・:*+..:+ はい。全然クリスマスには関係がない山城町 田尾城趾でございます。 田尾城は伊予川の右岸、標高四六二メートルの山頂に築かれた山城で南北朝時代に小笠原頼清が居城したと伝わります。 南北朝時代より後は、…

一宮城から徳島城へ移したもの…

お久しぶりです。awa-otokoです。 今回は鮎喰川右岸、一宮町西部にある東竜王山系の尾根先端に位置する徳島県で最大級の中世山城跡、一宮城に着目したいと思います。以前は大宜都比売命関連で頻繁に投稿していた場所ですね。 awa-otoko.hatenablog.com awa-o…

横田神社に秘められた謎…

はい。三加茂 横田神社でございます。ちょっと参拝しづらい場所に鎮座しているのは言いっこなし。こちらは阿波国美馬郡延喜式内社 横田神社に比定されている由緒正しい社なのであります。 右社之儀者式内小社ニテ往昔ヨリ横田神社又弁財天トモ称ス、元社地凡…

もうひとつの幸福神社

はい、どうも。awa-otokoです。 以前にご紹介した、かなりキワモノ(失礼w)な神山町の幸福神社をご存知でしょうか。 awa-otoko.hatenablog.com ちょっと調べ物をしておりましたら偶然に見つけてしまっていたのです。もうひとつの「幸福神社」を… 是非とも参…

寒暖時候ニ背キ大地震ユル時ハ、必油断スヘカラス。

さてと。浅川浦に鎮座する天神社でございます。以前御神歌を紹介した天神社ですね。 awa-otoko.hatenablog.com この天神社は大宰府に左遷される菅原道真を慰めるために建てられたという由緒だそう。天神社神社=菅原道真ではなく、本来は「天(津)神」を祭…

剣山に伊射奈美神社だと⁉︎

お久しぶり。(´∀`)/ awa-otokoです。 久しぶりに投稿したあげく題名にぶったまげた方もいらっしゃるかもしれませんが嘘ではございません。ぐーたら氏よりいただいた続阿波国風土記のデータを何気にみておりましたらはっきりと書いてあるではありませんか。…

水の威霊 撞賢木厳之御魂天疎向津媛命

佐那の大宮能賣神亦名天宇須賣命なり。八倉比賣なる御名を石屋戸を開きたること美(ほめ)たる意に説くこと甚だ違へり。宇須賣命は栲幡千千姫もとより同神に非ず。栲幡千千姫は阿波女神と同神、天手力男神(天石門別神)の御女なり。故に天石門別稚姫神とも…

朝日さし夕日輝く二ツ森 黄金千両有明けの月

吉本神社は川島町学の二ツ森に鎮座する旧村社である。祭神は天御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神。その昔は「明現(みょうげん)」と称され、宝暦、天保、慶応に記された棟札はみな「明現社」と記録されている。明現とは北極星を神格化した妙見菩薩に因む社…

二体の本尊

切幡寺には本尊が二体存在する。一体は正面南を向いているもので、これは弘法大師作の千手観音像である。他の一体は本堂を北に廻って北面に鎮座してる。これは即身成仏した乙女の尊像であり、未だ開帳を許されたことがない秘仏と伝わる。寺号が得度山潅頂院…

八つの劔を統括する剣山 八劔神社

はいどうも。awa-otokoです。なにかと忙しいので手短にいきますよ。(忙しいなら投稿するなよって⁈ ) さて、最近少し思うところがあって剣山に登ってきました。 日本書記にはニニギが高天原から葦原中国へ降臨する際、アマテラスから三種の神器を賜り、天磐…

高越寺の歴代住職達

さて、今回は高越山の高越神社とともに鎮座する高越寺の歴代住職の略歴についてちょっとずつですが触れたいと思います。但し自分用の備忘録としての記録なので気の利いたことは書いてないので悪しからず。(情報がない住職も含まれるけど文句は無しでお願い…

為朝の夢告げ

どうも。awa-otokoは阿波に来た(?)と伝承される源為朝を追い、過去には以下の為朝関連の記事を投稿しております。 いろいろ調べておりますとこの白人明神は昔からやたらと神降りや夢告げが多いのですよ。 美馬郡穴吹町口山の白人神社は源為朝を祀り、旧麻…

山崎忌部神社はどこから分祀されたのか⁈

忌部神社は神代に於いて石立山(剣山)に鎮祭して奥宮とし、更に衆庶の参拝の便を思って友内山に中宮を建立せるも、住民が次第に里分に移動するに及び次々と里宮を建立するに至った。従って端山の五所平は大宮司家の麻植氏が之を守護し、山崎なる天日鷲命神…

大宜都比売命からの御食

その昔、鳴門の大毛島の海岸一帯には「あしか」が生息していたという。今から三百年以上も前に阿波三代藩主である蜂須賀忠英公 寛永六年頃に、「あしか」と馬が交尾してこどもが生まれると水陸両用の名馬ができるという迷信から、鳴門 土佐泊浦大毛一円に限…

連れて来られた事代主神、そして謎の鳥たち。

武布津神が出雲を平定して天照大神に奉告するため事代主神を道づれにして阿波へ来た。一行は讃岐の志度に上陸して日開谷を過ぎて伊笠山麓付近に来た。その時忌部族は、高天原族等の不意の浸入を咎めてこぜりあいがあったが、やがて忌部族長 天日鷲命は武布津…

タタリ谷の常厳寺跡 堅雄上人の痕跡

加茂名村島田に本願寺あり。寺蔵する所の聖徳太子傳暦巻物は乾元二年二条天皇の御世の作製にして今を去る六百餘年前の逸品なり。元庄村法谷寺(峰の薬師)に存置しありしが、其後儈 賢雄(堅雄)の手によりて本寺の所蔵に歸し、今や國寳に編入せらるるに至れ…

陽中の陰、陰中の陽(高越大権現の謎)

どうも。そろそろ何かを投稿しないとね… なんて感じで書いています。(苦笑) 今回はちょっと気になった高越大権現に関する古文書の内容から。中身は宗教絡みの小難しいことを書いているのですが、読んでいるうちにいろいろ引っかかる部分がでてきまして… (…

貞光の義人 原太郎左衛門を祀る三王神社

どうも。多忙でなかなか投稿する気にもならないところでアクセス数30万超過しましてありがたいやら申し訳ないやら。ということで急遽番外編 義人シリーズを投稿致します。(手前味噌で誠に申し訳ございませんな。( ´△`) ) 国道192号線つるぎ町貞光ゆうゆう…

一宇谷に白壁の家が無い理由

名勝一宇峡の奇観、土釜を見下ろして建つ記念碑があるのはご存知でしょうか。碑文の主人公は谷貞之丞。当地の困窮を救済した義人であります。今回も番外編、昔々の哀しい伝承です。 宝永の終わりごろに旱魃が続きで池や沼、井戸の水は枯れ、日毎夜毎集落の民…

貞光村の罪人六人塚

今回は貞光番外編。以前に投稿した内容では西側の氣の流れが停滞して云々… いうておりましたが、貞光村の伝承から見つけてナルホド、あの陰の雰囲気の理由がわかりました。まぁさらっと流し読みできるように書いた(つもり)なので読んでみて下さいな。 天正…

大規模に行われた「神寄せ」とは⁈

どうも。今回は土成町を代表する神社、宮川神社をご紹介致します。そしてその由緒の中から「神寄せ」について述べてみました。(注:神寄せっても神降しの意ではない。) 吹越神社の分霊を祭祀して牛頭天王と称していた当社は旧村社であり、神饌幣帛料供進社…